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Sarah Loibl 『WIN HEART』
Ongoingのみんながメロメロになっているベルリン在住の天使、ザラ・ロイブルの初個展『WIN HEART』が始まりました。


ザラは、オープニングの日に、本展について次のように話してくれました。
 
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今回の展示は、「Longing(憧れ)」についてです。
たとえば、わたしは今まで主に絵を描いてきましたが、彫刻に憧れがあります。そんなふうに言うと、「それなら彫刻家になれば良いじゃないか」と思われるかもしれません。でも、絵画も必要なんです。絵画の世界にいるからこそ、彫刻の世界に憧れられる。絵画がなければ彫刻に「憧れる」ことはできない。彫刻だけならば、それで満たされてコンプリートしてしまう。
私にとって、「Longing」とは、「現実」と「思い描く理想」の中間にあるものです。「Longing」とは、自分がどこに向かって進みたいかという方向を示すものなんだと思います。

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ザラの「longing」の話をききながら、わたしは彼女がOngoing AIRが始まる前に書いて送ってくれた文章を思い出していました。
 
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Ongoing という言葉から、2つの意味をイメージすることができます。1つは、”going on”―「なにかひとつのことをやり続ける」。もう1つは、”act of going (leaving)” ―「その場所から立ち去る」。このように、Ongoingという言葉は、2つの相反する方向の力を内包しているように思えます。これらの矛盾する力の間では、さまざまな欲望がぶつかり合い、意志と可能性が挑戦し合い、迷いが生じますが、きっとその根幹にあるのは既存の構造を打ち破りたいという強い願いなのでしょう。また、2つの力の間にうまれるある種の緊張感こそが、あらゆるアートの創造力の源と言えるのでしょう。(一部省略)
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レジデンス応募にあたって、ザラが送ってくれた文章です。このとき、すでに2つの方向について書かれていますが、「longing」(現実と理想の間にある、自分が進みたい方向を示すもの)はまだ登場していませんでした。わたしの勝手な予想ですが、「longing」は、2ヶ月の滞在制作を経たザラのOngoingあるいは日本に対するひとつの答えなのではないかと感じるのです。
 
皆さんは、何かに憧れた経験はあるでしょうか。仕事ができる先輩に憧れる、しあわせな結婚に憧れる、美女に憧れる、味わい深い年のとり方をした老人に憧れる、ヨーロッパ文化に憧れる、海外生活に憧れる・・・。 さまざまな憧れがありますが、いずれも自分がすぐには手に入れられない(と感じている)ものに対する、リスペクトと近づきたいという気持ちが含まれています。憧れは、ときに前に進むための原動力となります。

2ヶ月間の滞在を経たザラの「longing」とはどういうものなのでしょう? 2ヶ月間、言葉が通じない環境で生活をすることは決して楽しいことばかりではありません。孤独、不安、憂鬱、戸惑いなどを感じたこともあるでしょう。しかし、彼女はいつも笑顔をたやさず、感謝を表し、予想外のものを楽しむ姿勢を忘れません。ネガティブなものもポジティブなものも彼女のやり方で咀嚼し、新しい経験として取り込み、コミュニケーションをとることを恐れない。そんな彼女が辿り着いた「longing」というテーマの『WIN HEART』展には、ザラ・ロイブルという人の強さや美しさがそのまま表れているように、わたしは感じます。

ぜひ、『WIN HEART』展で皆さまにも、わたしたちの大好きなザラ・ロイブルに出会って頂きたいと思います。


 
2015.06.03 [水] - 2015.06.07 [日]
12:00-21:00 入場料:¥400(セレクト・ティー付き)
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6月3日 (水) 19:00〜
オープニングパーティ
参加費:1000円(軽食+ワンドリンク付き、入場料込み)

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6月7日 (日) 19:00〜
ザラのOngoing AIR 滞在報告会
Ongoing AIR(オンゴーイング・アーティスト・イン・レジデンス)第12弾、
ベルリンからやってきたザラことSarah LOIBL。ザラが見た日本、東京、そしてオンゴーイングはどんなものだったのか。
お別れパーティーをかねた報告会を開催します。
ぜひ皆様、お気軽にご参加ください。

参加費:1000円(軽食+ワンドリンク付き、入場料込み)

 
| Ongoing AIR | 01:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
Øyvind Renberg / Seeing Double のはなし
皆さん、こんにちは。Øyvind Renberg / Seeing Double がスタートいたしました!

25日(水)・26日(木)・27日(金)の3日間は、ギャラリー内にセットを組み、撮影が行われます。そのため、ギャラリーのオープン時間が15時〜21時となっております。1階カフェは12時より通常営業していますので、15時前にお越しの場合もカフェでのんびりしながらお待ちいただけるのでご心配なく。
28日(土)・29日(日)の2日間は、通常どおり12時にオープンし映像をご覧いただける予定です。

さて、"Seeing Double"を楽しむために、知っていただきたいØyvindの過去作品が2点ございます。

1. 前進となる作...品 その1 Cylinder Seal “Yesteday / Tomorrow” (2012)

まず、1点目は、Danger Museum )としての作品、Cylinder Seal “Yesteday / Tomorrow”。Cylinder Seal(円筒印章)は、古代メソポタミアに登場し、書簡や容器などの所有者を示すためのものでした。その名の通り、円筒状になっており、粘土のうえに転がして模様を押し付けて使います。
Øyvindは、円筒印章のもつスカルプチャーとしての美しさと、転がし続けることによって表現できる永遠性に着目しました。“Yesteday / Tomorrow”には、オリジナルのモチーフが彫られています。1人の狩人が鳥を狙い、その鳥がまた狩人を狙い、その狩人はまた鳥を狙っている。永遠におわることのない、人間の根源的な営みのサイクルが表現されています。

Danger Museumとは
Øyvind Renbergと清水美帆によるアーティストユニット。移動式美術館として活動を開始させ、さまざまな土地でアートプロジェクトや展覧会を行っている。場所や人々から感じたことを作品に含めながら制作を続けている。なお、"Seeing Double"は、Danger Museumとしてではなく、Øyvind Renbergの初ディレクション映像作品となる。


2. 前進となる作品 その2 "Today and Tomorrow" (2014)

2点目も、同じくDanger Museum として清水さんと2014年に制作した映像作品“Today and Tomorrow”。
一見、1の作品とつながりが薄いように見えますが、Øyvindは「円筒印章で表現したかった人間の営みのサイクルを、もっと大きなスケールで考えたいと思い、この映像を制作しました」と説明します。
舞台は、中世ヨーロッパ、さまざまな職業の人が集まるマーケットスクエアの一角にある八百屋。主人公はその八百屋のおかみさん。亭主は仕事かなにかで留守にしています。映像には、昼間に働き、夜には思いのままに自由を愉しむ、女将さんの1日のようすが映し出され、ループで流されます。(”Seeing double”展でも展示中。清水さんが担当したという衣装も必見です。)




3. “Seeing Double”
2014.06.25 - 2014.06.29 @ Art Center Ongoing


そして、現在開催中の”Seeing Double”。
前作 “Today and Tomorrow” に引き続き、人の営みを表現した映像作品となる予定です。
舞台は現代ではなく、百年以上さかのぼったある時代の日本の酒場。
この酒場であることが起こります。
前作の八百屋では嫉妬や裏切りといった人間の感情が表現されていましたが、今作の「日本の酒場」ではどのようなことが表現されるのでしょうか。タイトルにDoubleという言葉があることからも、2という数字がキーとなることが分かります。楽しみです。

実は、わたくし、先日、Øyvindと一緒に、映像のためのショッピングに行ってまいりました。


吉祥寺や西荻で骨董を買うØyvind。↑ ↓


Fantastic! Amazing! Oh this is perfect.などと言いながら、彼は気に入ったものをどんどん手にとっていきます。決断が早いんでしょうね。しかも、手に取るものがすべて本当に美しいものばかり。(ほら、たまに海外のゲストって、日本人が首をかしげたくなるようなものを選ぶじゃないですか。)作品に対して、はっきりとしたビジョンがあるのだろうなぁと感じました。
そして、それだけではなく、店員さんによる説明をきいて興味が湧いたら取り入れてみるという、偶然の出会いによる遊びも大切にするフレキシブルさも持ち合わせているのが、彼のチャーミングなところだと思います。

そんな彼の創り上げる日本の酒場の風景。

どうなるか、多くの皆さまにも見届けていただきたいと思います。
ご来場を心よりお待ちしております。

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2014.06.25 [水] - 2014.06.29 [日]
6月25日〜27日 15:00-21:00
6月28日、29日 12:00-21:00
定休:月、火 入場料:¥400(セレクト・ティー付き)
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6月25日 (水) 20:00〜
作家を囲んでのオープニングパーティー
参加費:1000円(軽食+ワンドリンク付き、入場料込み)


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6月27日 (金) 20:00〜
『世界中の何でもないところに、大事なものは何でもなく隠れている』
スペシャルトーク

登壇者:武川寛幸 (バウスシアター)、淺井裕介 (画家)、小川希 (TERATOTERAチーフディレクター)
司 会:細川葉子 (写真家)

参加費:500円(先着30名様、要予約)

予約方法件名に『TERATOTERA バウストーク予約』として、参加人数、お名前、フリガナ、メールアドレス、当日連絡先(電話番号)をご記入の上yoyaku@teratotera.jpまでお送りください。
※お預かりした個人情報は、主催者から今回のイベントのご案内のみに使用し、適切に管理します。


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6月29日(日) 18:00〜
作家を囲んでのクロージングパーティー&ØyvindのOngoing AIR 報告会

参加費:1000円(軽食+ワンドリンク付き、入場料込み)


“Seeing Double”

Cast:
The Friends
Aoki “Aokid” Naosuke: Fisherman
Taku Yoshida: Postman
The Bartenders
Demizu “Demy” Kentu: Bartender #1
Kyle Yamada: Bartender #2
The Drifter
Satoshi Katagiri:
Costumes and soft set pieces:
Miho Shimizu
Camera:
Michiko Tsuda
Makeup:
Mizuyo Takamura
Special thanks to:
Nozomu Ogawa and the Ongoing Staff, Kanako Iwanaka and Miho Shimizu
Produced at
Art Center Ongoing, Tokyo

 
| Ongoing AIR | 13:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
Ongoing AIR vol.6 − 進藤冬華さん インタビュー3
インタビュー1〜日本のことを考えるためにサハリンへ
インタビュー2〜ひとつひとつ丁寧に向き合い、リアクションをしていく
 

文様について考えてみる
 
 23日(水)からスタートするOngoingの展示「もんよう どうしよう」について、少し教えていただけますか。
 
進藤 今までは、サハリン、北海道、東北の各地で、実際に見たものや聞いたことをモチーフに作品をつくっていましたが、今回の展示ではこれらの地域に見られる文様について考えてみたいと思っています。
 
 なるほど、だから「もんよう どうしよう」なんですね。(笑)
 
進藤 そうです。(笑)
民族や地域によっていろいろな文様がありますが、それぞれ法則があったりして面白いんです。たとえば、アイヌの文様はよく見るとすべての線がつながっていて、一筆書きのようになっているんです。
 
 へえ (インターネットで画像検索をしながら)ほんとだ!
 
進藤 青森の刺し子も気になってます。刺し子には「こぎん刺し」や「菱刺し」などの技法があるのですが、この刺し子も面白いんですよ。江戸時代、藩令で農民が着てもいいのは麻のみと決められていたのですが、東北の冬は麻だけでは寒くてつらいですよね。だから補強と防寒のために、麻布に麻糸で布目を埋めて刺繍を施したのが、こぎん刺しや菱刺しの始まりだそうです。デザインとして発展したのはその後だそうです。
 
 はじまりは生活の知恵だったんですね。
 
進藤 そうなんです。
刺繍や染めもそうですが、文様も民族や地域によってちがっていて面白いです。今回のレジデンスを機に、文様について考えたいと思っていますが、奥が深くてどうしよう…と思っています。
 
 楽しみにしています。() 
 
東京滞在を経て
 
 それでは、最後に東京での滞在について伺いたいと思います。今までも東京の方へはよくいらしていたそうですが、今回、Ongoing AIRで滞在してみてどうでしたか? なにか変化は感じていますか?
 
進藤 はい、すごく感じています。
東京に来て色々な人にお会いして、たくさん作品を見る中で今まで自分が受け入れてこなかったような作品も面白いと思うようになりました。
 
 それは大きな変化ですね。たとえば、どんな作品でしょうか?
 
進藤  いろいろありますが、その一つの経験がARATANI URANOで観た《大木裕之「闘い/抽象/具体/現象」with 高崎元尚》という展覧会です。
展覧会に行くより先に大木さんご本人にお会いする機会があったのですが、なんというか不思議な方で妖精みたいに感じました。それで、展覧会に行ってみたら、映像作品もフックがないというかとっかかりがないような感じで不思議なんですけど、それが面白いと思ったんです。
さらに、展覧会の担当の方が色々解説してくれて、どんな様子で作品を編集されていたかとか、作品についてどんなことを話していたかとか教えてくれて、それを聞いたら妖精だった大木さんがこんどは人間みたいに思えたんです。
多分作品だけじゃなくて、この体験もあったから印象に残っているのかもしれません。
 
 大木さんが妖精!(笑)面白いですね。でも分かるような気がします。
 
進藤 Ongoingに集ってくる人たちは、みんな個性が強いですよね。お話をしていて、とても面白いし刺激にもなっています。
東京のアートシーンでは、本当にいろんなことをやっている人がいるので、自分の方向性や心地の良い場など選択肢が色々あるのがよいですね。
 
 その辺のお話は、26日(土)のトークショーでもっと深く聞けそうですね。お話をいろいろ伺って、23日(水)スタートの「もんよう どうしよう」がよりいっそう楽しみになりました。ありがとうございました。



 
2014年4月初旬 Art Center Ongoing にて―聞き手:弘川ゆきえ 


作家HP http://fuyukashindo.tumblr.com/
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進藤冬華『もんよう どうしよう』
2014.04.23 [水] - 2014.04.27 [日]

12:00-21:00 定休:月、火 入場料:¥400(セレクト・ティー付き)
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4月23日 (水) 19:30〜
作家を囲んでのオープニングパーティー
参加費:1000円(軽食+ワンドリンク付き、入場料込み)
 
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4月25日 (金) 20:00〜
『オンゴーイングの文化の日』
多摩川での釣りの記録映像公開と釣りに関係する映画鑑賞
ホスト:進藤冬華
 
参加費:ワンドリンクオーダー
 
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4月26日 (土) 19:00〜
トークイベント『東京の美術のこと』
ゲスト:柴田尚(NPO S-AIR代表、北海道教育大学岩見沢校 芸術・スポーツ文化学科教授)
    高橋喜代史(アーティスト)
    東方悠平(アーティスト ※スカイプ参加)
料金:1000円 (ワンドリンク+入場料、先着30名様)
 
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4月27日 (日) 18:00〜
クロージングパーティー+Ongoing AIR報告会
参加費:1000円(軽食+ワンドリンク付き、入場料込み)



 
| Ongoing AIR | 14:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
Ongoing AIR vol.6 − 進藤冬華さん インタビュー2
このインタビューは、こちらのつづきです。

 
ひとつひとつ丁寧に向き合い、リアクションをしていく

― 北海道内や周辺地域の少数民族の方々とお話をしていると、いわゆる「日本人」の残酷な歴史にも触れなくてはいけない場面もあったんじゃないですか?
 
進藤 そうですね。それで一時は、自分が日本人であることにネガティブな感情をもったこともありました。
 
― わかる気がします。日本以外の東アジアの人と歴史の話題で、肩身の狭い思いをしたという経験談はよく聞きますね。
進藤さんは、ネガティブな感情を乗り越えられましたか?
 
進藤 うーん、乗り越えたというよりも、今は現地の人々と交流をとおして見えてきたものを真摯に受け止め、どのようにリアクションしていけるかに重きを置いています。作品制作は、自分が見て感じたことをわたしなりに形にすることだと考えています。
 
― なるほど。さっき日本とその周辺地域の複雑な状況についてお話ししてくれましたが、進藤さんの作品はその状況を知った上でのリアクションなんですね。
 
進藤 はい。実際に地域の方々と話してみないと分からない状況は沢山あって、だから考えることも沢山あります。
たとえば、ひと言で「アイヌ」と言ってもいろいろあると思うんです。北海道や、過去には東北、サハリンなどいろいろな場所にアイヌの人々は住んでいて、地域によっ て特色がありそうです。だから最近は、「アイヌ」という言葉でごろっとまとめて語るのも失礼だと感じるようになりました。
 
― 地域だけではなく、それぞれの家族や個人の事情もあるでしょうしね。
 
進藤 本当にそう思います。だから今は、ひとつひとつ、自分の見たもの出会った人たちに対して、正直に接していくしかないと思っています。ひとつひとつ、丁寧に向き合っていくことを一生続けていくしかないんじゃないかなぁ、と。
 
― 進藤さんの活動は、文化人類学や民俗学などの学問と共通点があるようにも思えますが、あえて美術でやっているのはどうしてですか?
 
進藤  うーん、それはよく訊かれる質問で、実際にそういった分野の学者さんと地域をまわることもあります。でも、わたしが興味をもっているのは、あくまで個人間 のコミュニケーションをとおして見えることなので、学術的なアプローチとは少しちがうと思います。わたしの活動を見て「そんなやり方はまちがいだ」と怒る 学者さんもいるんじゃないかな。
 
― 学術的なアプローチだと、できるだけ多くのサンプルを集めることが重要ですもんね。
 
進藤 そうですね。理論的にも学術的じゃないと思います。でも、わたしはこの地域の様々な背景を持つ方々と少しずつ信頼関係を築いていくことを大切にしたいので、やっぱりこれは美術の中でやれることなのかなと思っています。
 
― 信頼関係は、すぐに築けるものではありませんよね?
 
進藤  そうですね。たとえば、わたしはサハリンに行くと、いつも同じウィルタのおばあさんに会いに行くんです。彼女は6歳になるまでウィルタの伝統的な生業であ るトナカイの牧畜をしながら生活をしていました。6歳以降はロシアの教育を受けたので、今はロシア語を話しますが、ウィルタの言葉も覚えているのです。
 
サバイバル能力が高い女性たち、そしてそれを教わること
 
― 進藤さんはロシア語も話せるんですか?
 
進藤 最低限のことしか分からないので、どうしても言葉が必要なところは通訳をお願いしたりもします。でも、技術を教わるときは、言葉ってあまり重要じゃないんですよ。おばあさんがホイホイホイってやって見せてくれたのを、わたしは見よう見まねでやっていくんです。
日本もそうですが、ウィルタやほかの民族でも、おばあちゃんたちは何でもできるんですよ。昔は、不要になった衣服をほどいて他のものに作り替えたり、刺繍をほどこしたりするのが、女性としてのたしなみだったからかもしれません。
 
― 今は、服の丈直しなどをお店にお願いすることが増えて、家で裁縫箱をとりだす機会も減ってしまいましたよね。
 
進藤 そうかもしれませんね。
そもそも、わたしが刺繍や裁縫に興味をもちはじめたのは、和裁を教えてくれた祖母の影響なんです。うちの祖母は、本当にすごいんですよ。
2011 年に開催した『二人の作業場』という展示のために、祖母と一緒にたくさん作品をつくりました。祖母に「こんなのをつくりたい」とデザイン画をみせたりする と、すぐにどうやれば上手くできるかを教えてくれたり、知らない間にちゃっちゃっちゃっとつくってくれたりしました。昔から服をほどいたりしているので経 験から分かっちゃうんでしょうね。
 
― なんか、かっこいいですね。
 
進藤  ほんと、かっこいいんですよ。手仕事にかんする生き字引のようです。彼女たちは、とてもサバイバル能力が高いように感じます。そんな彼女たちを見ている と、安心するし憧れます。うちのおばあちゃんにしても、サハリンのおばあさんにしても、長く生きてきて身につけた能力がある。その能力をひとつずつ丁寧に 教わって、習得していくことによって、「昔」がわたしの中に貯まっていくように感じるんです。
 
― 「昔」が自分の中に貯まっていく感覚?
 
進藤 うーん、言葉で表すのはむずかしいですね。
なんていうか、自分の中に「過去」が詰まっていく感覚があるんです。過去を知ることは私が地域を理解するための方法だと思います。
また、「日本とは何か」という話に戻りますが、日本を説明しようとしてシンプルな言葉に置き換えようとすると、へんに偏りが生じてしまう気がするんです。
 
― うーん。「日本は単一民族国家だ」みたいな表現も、いまだに聞きますしね。
 
進藤  そういうのもありますね。現実にはいろいろな要素があるのに、そこから何かを省略しようと切り落としてしまうと、本当の姿がうまく見えなくなってしまうん です。そうならないように、自分できちんと判断ができるように、なるべく細かくひとつひとつのことと向き合うことが必要だと思っているんです。

(インタビュー3 〜東京でのこと〜 へつづく)
進藤冬華「もんよう どうしよう」展は、4月23日(水)〜27日(日)です。おたのしみに。 



 
| Ongoing AIR | 09:38 | comments(2) | trackbacks(0) |
Ongoing AIR vol.6 − 進藤冬華さん インタビュー1
Onogoing AIR 第6人目は、札幌出身の進藤冬華さん。北海道とその周辺地域をまわり、現地の人々からおそわった伝統的な手仕事をもちいて作品を制作する作家さんです。進藤さんのことをもっと知りたくて、根堀り葉掘り伺いました!
 
魚の皮をファブリックとして
 
― 進藤さん、先日は魚皮に刺繍をほどこした作品を見せてくださってありがとうございました。魚の皮が、生地に成りうるなんて今まで知りませんでしたし、刺繍もとてもきれいで、とても印象に残りました。
 
進藤 ありがとうございます。そうやって言っていただけると嬉しいです。あれは、乾燥させた鮭の皮をたたいて柔らかくした生地に、刺繍をしています。魚の皮で衣服や靴などをつくる習慣は、古くからサハリンや北海道、沿海州などの少数民族の文化にあるそうですよ。
 


― 水の近くで生活する人々にとって、身近な生地だったんですね。
 
進藤 そうですね、鮭皮は厚くて丈夫そう。魚皮の衣服などを博物館で見たことがあります。
サハリンには、いろいろな民族が混ざり合って住んでいます。まず、一番多いのは西から来ているロシア系の方たちだと思います。あとは、朝鮮系の方たち、そしてウィルタやニヴフをはじめとした少数民族の人々、アイヌの方や日系の方もいるかもしれません。
 
―  進藤さんは、どうしてサハリンのことやアイヌの人々に興味をもつようになったのでしょうか?ご親戚にそちらのご出身の方がいるんですか?
 
進藤 祖母は、日本領時代、樺太だった頃にあちらに住んでいて、第二次世界大戦後に引き揚げてきたそうです。でも、祖母が住んでいたことは、サハリンに興味をもってから知ったことです。
 
― では、やはり北海道で生まれ育ったことが、大きく影響しているのでしょうか。
 
進藤 もちろんそれは大きいでしょうね。 
あと、北アイルランドのベルファストに留学したことが、サハリンに行きたいと思うきっかけになりました。
 
日本とは何かを考えたくて、サハリンへ
 
― 進藤さんは、北アイルランドのベルファストへ留学とレジデンスを経験されてますもんね。その留学がきっかけになったとはどういうことですか?
 
進藤  ベルファストは面白いんです。とても小さい街なのにコミュニティ内に何でも揃っているんです。そして、住んでいる人たちが自分たちの文化や歴史についてよく知っていて、誇りに感じているようでした。そんな地元愛にあふれた場所で、わたしは否応なく自分が外国人であることを意識せざるをえませんでし た。

― 東京やニューヨークのような大都市ではなく、住民と地域のあいだに密接な関係がある街では、なおさら強く感じそうですね。

進藤 そう、それで「この街で、わたしは外国人であることは間違いない・・・ じゃあ、自分は何人なのだろうか? 日本人と言えるだろうか」という疑問にぶつかりました。
「日本」と言えば、多くの人が「富士山、芸者、桜」などをシンボルとして挙げますよね。でも、わたしはそのシンボルイメージと自分のあいだに直接的なつながりを見つけることができなかったんです。
そこから、「日本ってなんだろう。日本人であると感じることができないなら、自分は何なのだろう?」という気持ちが大きくなっていきました。
ベルファストから帰国後、それを考えるためにサハリンに行ってみることにしました。これが、現在の活動の始まりです。


― 「留学して、日本文化の良さを見直した」「やはり自分は日本人だと再認識した」という話はよく聞きますが、進藤さんのように「日本って何だろう」ということを根本的に問い直そうと思ったというお話は初めて聞きました。
なぜ、日本のことを考えるための場所として、サハリンを選んだのですか?
 
進藤 なんとなく、北の方へ行けばなにか手がかりが掴めるかもしれないと思ったからです。
そして、帰国以降、毎年のようにサハリンに行き人々と交流を重ねていくうちに、サハリンに住む民族の多様性や、その背景にひそむ歴史について知るようになりました。
今は、サハリンだけではなく、北海道内でアイヌの手仕事を教わったりもしています。今後は、東北のそういった文化にも興味があります
 
ー 北海道周辺をまわってみて、ベルファストで感じた疑問への答えを見つけることはできましたか?
 
進藤  うーん。日本の中の文化というのは、はっきりと境界線があるわけではなく、グラデーションのようになっているということが分かりました。民族としてはっき りと異なる部分もあるし、民族の文化がごちゃ混ぜになっている部分もある。たとえば、アイヌの着物中に、青森で見られる着物とそっくりなかたちのものや似たような刺繍の縫い方があったり して、とても面白いんです。
民族同士の歴史が絡み合い、文化や習慣がたがいに影響し合った、ごちゃごちゃした状態と政治的な力、気候や風土など様々なレイヤーが多様に混在して地域を作っていることが見えてきました。

(インタビュー2 〜ひとつひとつ丁寧に向き合い、リアクションしていく〜 へつづく)
進藤冬華「もんよう どうしよう」展 4月23日(水)〜27日(日) おたのしみに。




 
| Ongoing AIR | 09:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
吉濱さん、インタビュー!
Ongoing AIR 5人目は、沖縄出身の吉濱翔さん。
吉濱さんが一体どういう人なのか知りたくて、制作や活動についてあれこれきいてみました!

 

ライブハウスでの衝撃的な出会い

―吉濱さんと言えば、サウンドインスタレーションや即興音楽のパフォーマンス、ワークショップなど、音楽のイメージが強いです。那覇でも、定期的に即興音楽ライブを主催したりしていたそうですね。どういうきっかけで、音楽に関わりをもつようになったんですか?
 
吉濱  もともと、沖縄で唯一の美大で絵画を専攻していたんですが、実を言うと大学で教わる内容にあまり興味がもてなかったんです。当時、沖縄には現代アートの美術館やギャラリーみたいなものがなかったので、雑誌やテレビを頼りに情報を仕入れていました。でも、大学で先生が教えてくれる従来の表現方法と、自分がそれまでにイメージしていたアートがうまく結びつかなくて、少し悶々とした日々が続いていました。
そんなある日、沖縄のライブハウスで、海外から来た音響派のデュオのライブを観る機会があったんです。当時の僕には、ものすごい衝撃でした。それまで持っていた音楽の概念みたいなのがふっとんで、なんて自由なんだろうと思ったんです。大学で勉強していたことよりも、ずっと僕がイメージしていたアートに近かった。それで、もっとそういう人たちを沖縄に呼びたくて、毎月、自分が面白いと思うミュージシャンに来てもらって、即興音楽などのイベントを主催するようになったのがきっかけです。
 
―わー、それは良い出会いでしたね。なるほど、だから先日のウェルカムパーティー(*)に、沖縄以外の音楽関係のお友達もいらしてたんですね。ライブのときは、吉濱さんご自身も出演するんですか?

*2014年1月18日に行われた吉濱さんウェルカムパーティー。過去の作品や制作についてプレゼンテーションもしてもらいました。
 
吉濱 ええ、もちろんしますよ。トランペットを演奏します。あ、でも最近は、パソコンでの参加も多いですね。


アートかどうかよりも、大切なこと
 
―パソコン!2月21日(金)のOngoingでのライブが楽しみです。では、アーティストとして活動するときに心がけていることみたいなのってありますか? あ、アーティストっていう言葉はあまり使いたくないんでしたっけ?
 
吉濱 あ、先日のプレゼンテーションでそんなことも話したかな。(笑) どうしても肩書をと言われたら、「演奏する人」って答えたりしますけどね。
アーティストという言葉には、西洋のアートの文脈や、それをもとに創り上げられた東京のアートシーンの流れしか含まれていない気がして、それらを踏まえて制作をしていないぼくが「アーティスト」を名乗るのには抵抗があるんです。
東京がきらいとかではなくて、ものごとが1つのやり方やルールに従っている感じがして嫌なんです。日本でアートをやろうとしたら、どうしても東京が中心になってしまう傾向があるけれど、東京以外の土地には、その土地なりのやり方とか良いところがある。それをちゃんと認めて取り込んでいかなきゃ。
 
―わたしも、地元と大学が地方なので、その感覚なんとなく分かります。東京うまれの人たちは、別に「東京が一番だ!」という意識で暮らしているわけじゃないのは、東京に住んでから分かりましたが、それでもやはり日本全体が東京スタンダードに合わせようとしている感じは否めないですよね。
「アート」という言葉がたくさん出たので、みんなが嫌がるお約束の質問をしてしまいますが、吉濱さんは「アート」って何だと思います?
 
吉濱 うーん、とてもぶっちゃけて言えば、アートなんてなんでも良いと思っています。

― おお。けっこう即答ですね。


吉濱 「アートであるために、こうあるべき」というのにはあまり興味がないんです。自分がつくりたいものをつくって、結果的に、アートになったという方が、しっくりきます。むしろ制作よりも、こういう時間のほうが大事でしょ?
 
―こういう時間??
 
吉濱 こういうふうにきちんと向かい合って話をしたり、お互いのことを知ろうとしたりする時間。あるいは、恋人や友人、大切な人と過ごす時間。「ぼくは、美味しいものと女の子が好き、でも原発はきらい。君は?」みたいな。
人がその人らしく生きることがいちばん大切で、結果的に「アート」や「音楽」と呼ばれるものが出来上がったというだけのことだと思いますよ。成果物の名称というか。だから、ほんとうは「アート」という形態には特にこだわっていないんです。
ぼくは、人とアートを共有することは無理だけど、人の生き方は共有できると考えているんです。


 びおんおーけすとらプロジェクト:日常にあるさまざまなものを使ってオーケストラを奏でる集団演奏を行う吉濱さんのプロジェクト。(くわしくは、画像をクリックしてください。)


自分の意思がおよばないからこそ、面白い

― 人がその人らしく生きることがいちばん大切・・・って、なんてまっすぐな言葉。はっきりと面と向かって言われると、ドキリとしますね。いまの世の中、それが難しくなってきているのも確かだと思います。
では、吉濱さんが実際にワークショップや制作をする時に大切にしていることはありますか?
 
吉濱 作品をとおしてコミュニケーションをとることは大切にしています。つくるプロセスや発表の場で、コミュニケーションのツールとして機能すればいい。「いまのアートシーンの流れ的にこうすべき」みたいなことは、あまり考えたことがないです。いま自分のできることを全力でやって、その結果、いろんな人とお話ができたり、理解が深められれば、そんな幸せなことはないです。
 
― 完璧にコミュニケーションツールなんですね。
一般の方々にワークショップに参加してもらって映像作品をつくることが多いと思いますが、撮った映像が「これは成功だったな」とか「失敗だったな」ということはないんですか?
 
吉濱 うーん、ないですね。そもそも、映像を撮るときに「こういう画を撮りたい」というイメージや、「この映像によってこれを伝えたい」というメッセージを決めないんです。なにも意図せずに参加者のやりたいようにやってもらうだけだから、成功も失敗もないです。
自分の作品に、自分の意思が反映されすぎていると、面白くないと感じちゃうんです。自分のことは、もうすでによく分かっていますから。それよりも、いま目の前にいる人のことを知りたい。全然わからないから、そっちの方がずっと面白い。
作品の撮影も展示の搬入も、他の人にお願いすることが多いですね。自分のこだわりを取り払って他の人に任せちゃったほうが、ぼくにとっては面白いんです。




即興音楽から学んだこと

―へえ。徹底してますね。作品に偶然性を取り込みたいという作家さんは多いですが、撮影、搬入さえも、自分以外の人にお願いしたいという作家さんってなかなかいない気がします。そういうふうに、他人の意思が含まれていたほうが面白いというのは、昔から感じていたことなんですか?
 
吉濱 いや、大学に入ってからですね。即興音楽を好きになって、自分も演奏に参加するようになったことが大きく関係しているのかもしれません。
即興演奏というのは、プレイヤー同士のコミュニケーションを見せる場だと考えています。ぼくが即興演奏をするときは、他のプレイヤーと事前に打ち合わせはしません。どんな大御所ミュージシャンが相手でも、打ち合わせゼロで挑みます。演奏が始まって、はじめてプレイヤー同士のコミュニケーションが始まる。相手の音を注意ぶかく聴いて、その音に反応してもいいし、あるいは無視してもいい。まったくの自由ですが、コミュニケーションであることを忘れてはいけない。
それで上手くいくこともいかないこともあるけど、またそれがいいんです。キレイも汚いも共存している未知の状況にわくわくします。逆に、ジャムセッションとか打ち合わせ済みのアドリブ風の演奏とかはとてもキレイなので、少しものたりなく感じてしまうこともあるほどです。


― へぇーー!!なんかすごい。おもしろそう!!そういう視点で、即興パフォーマンスを見たことなかったです。 プレイヤー本人はドキドキですね。
即興演奏でも、「今回はあまり良くなかったな」というときもあるんですか?
 
吉濱 もちろんありますよ。お互いに本気を出していなかったり、中途半端なのが透けて見えてしまうとだめですね。あと、一方が前に出すぎてしまっていて、コミュニケーションが希薄な演奏も、「あちゃー」と思います。

 
そして、作品テーマのこと
 
―ああ、それは「あちゃー」ですね。では、もう少し吉濱さんの作品制作の話も伺いたいと思います。さっき、「メッセージは特にない」ということを仰ってましたが、作品をつくるうえで、吉濱さんの中でテーマは設定しているんですよね。
 
吉濱 ええ、あります。作品をつくることは、ぼくにとって実験でもあります。そのときに気になっていることを掘り下げて考えたり、他の人とみんなでやってみたときに何が見えるかを知りたい。近年の作品は「回帰」ということが気になって制作したものがいくつかあります。先日のオンゴーイングでのプレゼンテーションの時や、実際に展示に来てくれた人に直接聞かれればテーマのお話はしますが、あまり記録に残る形では発表しないことにしています。
 
− うー、プレゼンのときに作品テーマのお話をきいて、「面白いなぁ、吉濱さん」と思ったのに、インタビューに載せちゃいけないんですね。そっか・・・残念。でも、興味がわいた方が吉濱さんに直接聞けば、そこからコミュニケーションが始まりますもんね。ツールとして機能させるためには、むしろその方がいいのかもしれません。
『びおんおーけすとら』などのワークショップ参加者には、撮影前に吉濱さんのテーマというかコンセプトは伝えているんですか?
 
吉濱 いえ、実はまったく伝えてないんです。今までのぼくのワークショップ全部に参加してくれている友人が、先日のプレゼンを聞きにきてくれたんですが、「そんなことを考えていたなんて、まったく知らなかった」と驚かれましたよ(笑) 『びおんおーけすとら』では、「ここで、みんな好きなように音だしてみましょう」とお願いして、皆さんに思い思いのことをやってもらっています。 いいんですよ、僕の意図を押し付けてなにかを感じてほしいとか、なにかを持って帰って欲しいとかじゃないんですから。大切なのは、みんなでそこに行って一緒に時間を過ごしたということなんです。

 
20014年2月19日 Art Center Ongoing にてー 聞き手:弘川ゆきえ


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| Ongoing AIR | 12:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
二コラ、インタビュー!!
Ongoin AIR 第3弾!

パリ出身の映像作家、Nicolas Carrier(ニコラ・カリエ)は、記念すべきAIR初めての海外アーティスト!現在開催中の『Memories of Light at Dusk』をもっと楽しむためにも、作品についてあれこれ聞いちゃいました


photo by Takehiro Iikawa

現実と虚構のはざまで「時間・光・フィクション」について考える

―まずはドイツでの受賞おめでとうございます!

Nicolas ありがとうございます。初めての受賞なのでとても嬉しいです。日曜日にドイツで授賞式がありましたが、さすがに会場に飛んでいくことはできないので、スカイプで出席しました。

―スカイプで!?すごいですね。
さて、それでは受賞ほやほやの二コラいろいろ伺っていきたいと思います。
作品について簡単に教えてもらえますか?

Nicolas 僕の作品は、シチュエーションと出演者のうえに成り立っています。
つねに出演者の皆さんに愉しいひとときを過ごしてもらえるようなシチュエーションを創ることを心がけながら、そこから浮かび上がる自然体とパフォーマンスの狭間にある瞬間をフィルムにおさめようと制作しています。そういった瞬間をとらえることで、僕の作品は、単なる記録ではなく、「時間・光・フィクション」を問う映像作品になると考えています。

―「時間・光・フィクション」という3つのキーワードが出てきましたが、それぞれの要素がどのように作品と関わっているか聞かせてもらえますか?

「時間」のこと ― 愉しい時間で、人々の日常を少しずらす

Nicolas 人々がどのように時間をつかうか・・・これは、僕がずっと気になっているテーマです。毎日、走り回るように忙しく過ごしている人って多いですよね。いつもスケジュールに追われていて、つねに片づけるべき仕事がある。空き時間ができても、わざわざ用事をつくる。そういうふうに忙しくして、たくさんの物をもつということこそが、幸せである証拠だと感じている人が多いように感じるんです。そして、僕はそういう現代の空気にとても違和感がある。

―たしかに、忙しい人は多いですよね。てっきり東京特有の雰囲気感かと思い込んでいましたが、パリでもそうなんですか? パリでは時間の流れがゆったりしているイメージがあります。

Nicolas うーん。東京とあんまり変わりませんよ。もちろん人によりますが、いつも何かに急かされるようにして忙しくしている人は、パリにもたくさんいます。僕はそういうのが苦手で、どちらかと言うと、退屈な時間のほうが好きなんです。

―退屈が好きなんですか?

Nicolas 退屈が好きという言い方では誤解を招いてしまったかもしれませんね。なんていうか、特に何もしていない時間が好きなんです。ただ、うろうろ歩いてみるとか、物思いにふけるとか・・・そういう時間が好きなんです。もちろん、僕も撮影や編集で忙しくするときはありますが、あえて何もしない時間をつくることを大切にしています。

―あえて何もしない時間をつくる・・・したいと思っても、なかなかできないんですよね。休みの日を何もしないで過ごしてしまうと、ものすごく損をした気分になってしまう人は多いと思います。だから、なるべく予定を入れたり、雑誌やテレビで流行をチェックして買い物に出かけたりしちゃうんですよね。その結果、リラックスするつもりが、別の忙しさに自分を押し込んでしまっているように感じることは、よくあります。

Nicolas そうそう、そうなんですよね。僕が特に興味があるのは、人が仕事以外の時間をどういうふうに過ごすかということなんです。

― 今回の作品では、どのように「時間」にアプローチしていますか?

Nicolas さっき出演者が撮影をとおして愉しい時間を過ごすことが大切だと話しましたよね? あれはつまり、僕の作品に参加することで、今まで経験したことのないような時間を経験してほしいということなんです。ふつうは、ああいう意味を為さない時間を過ごすことってあまりないですから。
また、今回の撮影の場合では、出演者に、日本の文化的マナーからは少し外れているであるだろう「あること」をしてもらいました。それは、ヨーロッパではふつうの行為なので、出演者の皆さんの日常・ルールを少しだけヨーロッパ側へずらしたとも言えるかもしれません。

「光」のこと ― 何を照らすためのライトなんだろう?

― 「光」にも興味があると仰っていましたが、作品との関連性について教えてもらえますか?

Nicolas 僕のほとんどの作品は、目に見えるものと見えないものの境界を探ることをテーマにしています。今回の展示では、光を写した写真をつかったインスタレーション作品を2点発表しました。そのうちスライドショー形式の方は、僕が日本で発見してとても面白いと思った習慣からインスピレーションを得てできた作品です。

―いいですね。どういう習慣ですか?

Nicolas 日本の友人の家にしばらくステイさせてもらった時のことです。その家では、いつも夜遅くまで玄関外のポーチのライトを点けておく習慣があるということに気が付きました。僕も友人もみんな家の中にいて、他に誰かが訪ねてくる予定もなかったのにも関わらず、ただ玄関外のライトは点けてあったんです。そして灯りを消すのは、いつも寝る前でした。
あの玄関灯はただ外を照らしているだけでした。自分たちのためでも、お客さんのためでもなく、外を歩いている人たちのために灯りを点けておく習慣のように思えて、とても興味深かったです。

―日本ではそういう家が多いかもしれません。いま指摘されるまで深く考えたことはありませんでしたが、たしかに面白いですね。

「フィクション」のこと ― 自然体とパフォーマンスのはざまで 

―では、「フィクション」は作品とどういう関係がありますか?

Nicolas フィクションの要素は、作品のいたるところに散りばめられています。

―そうかもしれません。いろんなレイヤーのフィクションがありますよね。
―ところで、今回、Ongoingで展示するにあたって新しく挑戦したことがあるって、前に話してくれましたよね?

Nicolas はい。今回は出発点を少し変えてみました。いつもシチュエーションを設定するときに、まず場所ありきで考えるのですが、新作"Wolves and Dogs"では、あることを覚えておくための儀式をやろうというアイディアありきで考えました。

―あることを覚えておく儀式というアイディア? それは、どこから生まれたものなんですか?

Nicolas 日本に来るまえ、溝口健二監督の「武蔵野夫人」を観たんです。「武蔵野夫人」とは、武蔵野が市として東京の一部になった直後、1951年に制作された映画です。
鑑賞をきっかけに、武蔵野はこの60年間でどのように変化してきたのだろう、と思うようになりました。映画からは、たくさんの空き地と大きな林があるだけのガランとした当時の武蔵野のようすが伺えました。しかし、今回のレジデンスで、実際に吉祥寺に来てみたら、大きなショッピング施設や多くの家が建ち並び、にぎやかな街となっていました。ただ、昔のような空き地や森林はなくなってしまい、今では公園がいくつかあるだけです。そこで、今回の作品では、60年前から変わらずに残っている武蔵野の風景を覚えておくための儀式のようなものを行おうと決めました。
そして、井の頭公園でイメージ通りの雑木林を見つけ、撮影を行いました。

―やっぱり井の頭公園だったんですね!それにしても、あれは「儀式のようなもの」なんですね。

Nicolas そう、それもさっき言ってた「フィクション」の一例ですよね。儀式のように見えて、儀式ではないもの。
また、出演者には60年前の武蔵野を思い出しながら撮影に挑んでほしいとお願いしましたが、そもそも若い彼らが60年前の武蔵野を見たことがあるはずがないですよね。見たこともない光景を思い出せ、なんてナンセンスな注文ですが、あえてお願いしました。だから出演者は、カメラの前で愉しく自由に過ごしているけれど、完全な自然体とは言えない。けれど、僕から特に細かい演技指導をしているわけでもないので、完全にパフォーマンス的というわけでもない。これも、1つの「フィクション」の例ですね。
僕が映像で表現しようとしているのは、出演者の自然体の表情でも、パフォーマンス的な何かでもありません。リアリティとフィクションのはざまに存在する瞬間を捉えることで、フィクションについて考えようとしているのです。

―なるほど。「時間・光・フィクション」それぞれに関して、二コラが気になっていることが作品にふくまれているんですね!これでさらに、『Memories of Light at Dusk』展が楽しめるような気がします!いろいろお話ありがとうございました。

(聞き手:弘川ゆきえ /  2013年10月17日 Art Center Ongoingにて)

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  2013.10.16 [水] - 2013.10.27 [日]

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10月19日 (土) 19:00〜
オープニングパーティ
参加費:1000円(軽食+ワンドリンク付き、入場料込み)



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10月25日 (金) 20:00〜
『オンゴーイングの文化の日』
ホスト:鷺山啓輔
http://sagiyama.com/

(以下、鷺山さんのホームページ
http://sagiyama.com/から抜粋)
台風の進路が、日々変わる中、天気に左右される毎日を意外と楽しもうとしていたりします。なかなか天気のよめない週ですが、今週10月25日 (金) 20:00から、Art Center Ongoingで、「Ongoingの文化の日」というイベントのホストをさせてもらう事になりました。現在展示中のレジデンス作家のパリジェン、ニコラ にちょっとあわせて、フランスの洞窟のドキュメンタリーをメインに、癒しじゃないネイチャードキュメンタリーの魅力、鍾乳洞の魅力を紹介出来ればと思いま す。あいにくの天気となりそうな予感がビンビンしますが、ぜひ足をお運びください。雨の中、しっとり、ゆるやかに歓談出来ることを願います。

要ワンドリンクオーダー



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10月27日 (日) 19:00〜
ニコラのOngoing AIR 滞在報告会

Ongoing AIR(オンゴーイング・アーティスト・イン・レジデンス)第三弾、
パリからやってきた映像作家、ニコラス・カリエの滞在は、この10月で終了します。
ニコラが見た日本、東京、そしてオンゴーイングはどんなものだったのか。
展示最終日となるこの日、お別れパーティーをかねた報告会を開催します。
ぜひ皆様、お気軽にご参加ください。

参加費:無料
| Ongoing AIR | 23:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
飯川さんインタビュー (Decoratorcrabのはなし)
Ongoing AIR 第2弾は、神戸在住飯川雄大さん。
『outdoor』展のメインであるDecoratorcrab(デコレータークラブ)について、お話を伺いました。




面白いものを見つけたとき、それをどうやって人に伝えるか


飯川
 最近、みんなオモロイもの見つけると、すぐに写真撮って、TwitterやらFacebookにアップロードするでしょ?僕、あれ好きじゃないんですよ。

― へえ、それはなんでですか? 

飯川 写真のなかには情報が多すぎて、逆に本当に伝えたいことが伝わってないんじゃないかと感じちゃうんです。

― 本当に伝えたいこと?

飯川 そう。たとえば、新幹線のトイレに入ったら、ピンク色の犬がいたとするでしょ?

ー はい。笑


画像をクリックすると、飯川さんのデコレータークラブ解説のための
プレゼンスライドをすべてご覧いただけます。



飯川 たぶん、僕はピンクの犬を見て「わー!すごい!初めて見た!すてき!」と思う、と思う。そして、もしそれを写真に撮ってfacebookで公開したとしたら、きっとたくさんの「いいね!」を押してもらえると思う。

― 私も「いいね!」押すと思います。

飯川 それはそれで嬉しいんです。でも、そういうときに僕がみんなと共有したかったことって、ピンクの犬のビジュアルそのものじゃないんです。

― え、ちがうんですか?

飯川 ピンクの犬そのものじゃなくて、それを見たときの僕のドキドキ感っていうか、ぐわっと目が引きつけられて、心が動かされた感覚を共有したいんです。僕は、その心が動くことを「衝動」と呼んでいるんですが。

ー 「衝動」?(ネット辞書を引いてみる。)ほんとだ、「衝動」という言葉の意味のなかに、「心を強く突き動かされることって書いてありますね。

飯川
 そうなんです。その「衝動」をつくるためには、情報は多すぎない方が良いんです。情報をある程度こちらでコントロールしなくちゃいけない。



― なるほど、それでピンクの犬の写真を直接見せるのは、情報が多すぎると。

飯川 だって、ピンクの犬を見つけて感動する経験を共有したいのに、ピンクの犬を先に見せちゃったら、映画の結末だけ言っちゃうようなものじゃないですか?あるいは、オチだけを伝えちゃってるみたいな? そうなると、その映画を観る前から「もういいや」ってなっちゃう。

― ああ、ちょっと分かります。私、旅行をするときにガイドブックを開いて、写真を見てしまうのが嫌なんです。実際に自分の目でその風景を見て感動したいのに、ガイドブックにきれいな写真が載っている。そうすると、自分がわざわざその場所を旅行しても、確認作業をしている気分になるんです。だから、できればガイドブックは、その場所への行き方だけを書いてほしいと思ってしまいます。

飯川 僕もそうです!そして、Decoratorcrabの作品にある写真は、その場所を示す道しるべというか、地図のようなものだと考えてください。


そこへ辿り着くための道しるべとしての作品

― 『Decoratorcrab』シリーズでは、草木や壁が写ってる写真が展示されていますよね?

飯川 そうです。あの木とか草は、僕が心を動かされたものの周りにあった、言わば目撃者のようなものです。これらがある場所に行けば、僕が見た素敵なもの(さっきの例で言うピンクの犬)と遭遇できるんです。



― わー、見つけるの難しそう!あんまり辿り着ける人はいないんじゃないですか?

飯川 そうですね。とても少ないと思います。おそらく1,2人…、あるいは極端なことを言えば0人でも良いんです。最近のアートやデザインは、なるべく多くの人と共有できるように誰にも分かりやすい形で、万人にひらかれすぎているものが多いように感じるんです。
いつか僕の作品を観た人が、提示されたイメージの断片のある場所に辿り着いたとき、なんともいえない不思議な感覚に襲われるかもしれない。でも僕は、それをなるべく多くの人に求めたいとは考えていないんです。

名前の"Decoratorcrab"ってなに?

― すごい。そう言われるとますます見たくなります。
ところで、作品シリーズ名のDecoratorcrabという名前は、ふしぎな名前ですね。

飯川 デコレーションをするクラブじゃないですよ。笑 敵から身を守るためのカムフラージュをするために、ゴミや藻屑で自分の身を着飾る蟹(crab)がいるんですよ。もともとは、クモみたいな手足の長い地味な蟹なんですけどね。それがデコレータークラブという名前なんです。(注*日本語名は、モクズセオイ。藻屑を背負ってカムフラージュすることから。)


左:カムフラージュしたデコレータークラブ
右:カムフラージュしていないとき

*画像クリックをすると、もっと詳しい解説スライドをご覧いただけます。



― へえ、知らなかったです。

飯川 僕もテレビで知ったんですが、プロのダイバーでも、デコレータークラブを見つけるのは難しいらしいですよ。だから、見つけられるとすごく感動するらしいんです。
それまで何もないと思っていた風景の中に、ふと蟹の姿を認識してしまう。すると、その不自然さに目が離せなくなってしまうらしいんです。見つける前の風景に戻れないというか。
そのデコレータークラブと対峙するダイバーの距離感というか、関係性って、面白いなぁと感じたことから、この作品の着想を得たんです。だから、名前もDecoratorcrabにしました。

― なるほど。こうやってデコレータークラブの写真を見るだけだと、「へー!こんな蟹がいるんだー。すごーい」と思うにとどまりますが、実際に海の中でひとりでデコレータークラブを見つけたときの感動とはまったくちがいそうですね。

飯川 そうなんです。

― 飯川さんは、自分の作品のデコレータークラブ(面白いと思ったモノ、光景。つまりピンクの犬)の詳しい場所をお客さんにこっそり教えたりはしないんですか?

飯川 絶対に教えないですね。僕は、予定調和なことがきらいなんですよ。「あそこに行ったら、あれがあるよ」と言われて見つけたとしても、そんなの全然おもしろくもなんともないじゃないですか。

ー 今回の『outdoor』展のデコレータークラブは、吉祥寺のどこかの風景をピックアップしているそうですね。ぜったい見つけたいです。ぜったい見つけるぞー!宝探しみたいな気分。

飯川
 ありがとう。でも見つけられるかなぁ。笑 
今回のOngoingの展示はメチャメチャ楽しいです。自分的には、今までやったことなかったことにもチャレンジしてるし。

― ふふふ。そうやって言ってもらえてうれしいです。
楽しいおはなしありがとうございました!

(2013年7月24日 Ongoing Cafeにて / 聞き手:弘川ゆきえ )


飯川さんのホームページ こちら


飯川雄大『outdoor』展、今後の予定
7月24日(水)〜8月4日(日) 
HP

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8月2日 (金) 20:00〜
『オンゴーイングの文化の日』
『快盗ルビイ』でもみながら
ホスト:飯川雄大
要ワンドリンクオーダー(おまけ:半田素麺)


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8月3日 (土) 19:00〜
ゲストトーク
ゲスト:和田誠(イラストレーター)
料金:1000円 (ワンドリンク+素麺一種類+入場料、先着30名様、要予約)

※ご予約は、info@ongoing.jpもしくは、0422-26-8454まで。
ご氏名、ご連絡先および、『8月3日(土)和田誠ゲストトーク』に参加希望の旨をお伝えください。
電話受付は、月曜と火曜をのぞく12:00〜21:00まで。受け付け完了は、メールにてお知らせいたします。


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8月4日 (日) 15:00〜
Pre Ongoing School
作家本人による展示作品の解説を交えてのレクチャー
お好きなケーキとお飲物がついてきます
料金:1500円 (ケーキとドリンク付き、先着30名様)



| Ongoing AIR | 01:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
山下拓也さんインタビュー!

Ongoing AIR 記念すべき第1弾は、名古屋在住の山下拓也さん。

山下さんってどんな人なんだろう!と探るべく作品についてお話を伺いました。



作品と場所

 山下さんの作品には、『10cmT.REX』(2008)や『花瓶の絵(2012)など、展示をする場所の特性を利用した作品が多く見られますが、場所に着目するようになったきっかけはあるんですか?


山下 美大に入学した時、何をしても許されるとても自由な空気感がありました。僕はその自由を前にして、とても魅力的で開放的に思えた反面、うわあ、なにやろ。とどこか途方に暮れた思いだったのを覚えています。僕は、強く表現の矛先を欲していました。


表現の矛先というと?


山下 美大に入りたての頃ですし、とりあえずがむしゃらに頑張りたかった。なのに、そのパワーを向ける的がなかなか見つけれなかった。でもやる。1年生の頃から、本当に展覧会をバンバンいれまくっていました。そんな中、当たり前の事ですけど、展覧会場などの「場」は絶対そこに存在する事に気づきました。場と共に、展覧会を見に来てくれるお客さんも同じ。制作を続けて行く中で、自然に「場」や「鑑賞者」の存在が、僕の作品制作の出発点となっていきました。


 ひとことで場といっても様々な捉え方がありますよね。例えばその場所の歴史性に注目するアーティストもいますよね? 


山下 全く詳しくないですが海外の作家さんの作品でよく見る気がします。でも、僕自身がやるとなると、そういう歴史のリサーチなどは凄く苦手です。今後それらの事に興味を持ち出す自分には期待していますが、今のところは全く興味が湧かないというのが正直な気持ちです。

とゆうか、否が応でも歴史性に触れてしまうようなディープな土地で作品展示を行った経験がないので、それも大きく関係しているのかもしれません。


地域活性化のようなアートフェスティバルで、空間の美しさを再認識させることをテーマにした作品を見る機会がありますが、山下さんの作品はそれらと少しちがうような気がします。場所性を作品に取り込む際、山下さんはどのようなことを意識していますか?


山下 僕が扱うのは、場の物理性にほぼ限定している様に思います。あとは、その時の場の状況。その時の場の状況というのは、具体的には今回のOngoingの展示でいうと大木裕之さんが僕の次の展覧会を行うという事などです。自分がその場に訪れた時、単純にそこにある事実。場に対して他者である自分がしっかりと制作に自覚を持てる範囲で制作をしたいと考えています。まだまだ若造ですが、そうゆう美学みたいなものは少ない経験の中で出来上がっていきました。


 おもしろいですね。「場」と作品の関係をもう少し伺う上で、山下さんの前々回Ongoingで展示を行っていた柴田祐輔さんについて少しお聞きしたいと思います。柴田さんが黄金町バザールでやっていたお蕎麦屋さんの作品『昨日の準備(2010)はご覧になりましたか?


山下 資料で拝見しました。柴田さんとは、搬入のお手伝いもさせてもらいましたし、お手伝いもして頂きました。今回のレジデンスの中で最も長い時間ご一緒させて頂いた作家さんであったと思います。とても魅力的な作家さんです。『昨日の準備』についてですがお蕎麦屋さんと売春宿の関係についてのトピックはもちろんめちゃめちゃおもしろい。でもそれ以上に柴田さんの衝動というか熱気がハンパないです。そうゆう場のトピックをバクっと食っちゃう、そしてモンスターみたいになっちゃう柴田さんの作品は本気で感激しました。そしてかなり勉強になりました、Ongoingのレジデンス呼んで頂いて感謝です。小川さんありがとうございます。

 10cmT.REX』(2008

花瓶の絵(2012)


理性と衝動            


柴田さんのお話の中で「衝動」という言葉がありましたが、山下さんの中での「衝動」とは?そしてそれと相対する「理性」についてどう思われますか?


山下 「理性」と「衝動」両方のバランスを大切にしたいといつも意識しています。作り方の話ですが、様々な要素をを組んで行くように作ります。要素のバランスについては最も気にしているところではあります。


ん?どういうことでしょう?


山下 よくある話ですが、どうしても派手な色彩を使った作品をつくりたいと思う、これは「衝動」です。でも、「衝動」だけじゃ僕は作りません。まあ作ればいいのですが、それだけではなかなか強度が見い出せません。しっかりと強度を持った作品と同時に展示して、なにか飛び道具のような感覚を狙って作る事はたまにありますが、それ単体では今のところ難しいです。でも何の魂胆もなく衝動で木彫とか彫っちゃうようなテンションもその側面で持ってみたいです。


 ーうーん、なんとなく分かる気がします。


山下 平日働いているから、土日は心置きなく遊べる。逆に、土日に遊べるから平日は一生懸命働くみたいな。自分ルールではありますが、作品を具現化させる条件が出そろえば、あとは思いっきり好きな事が出来るんです。そのバランスがうまくとれるようになったのが、飛び出す絵本の『幅10cmTREX』(2008)だったように思います。 


作品モチーフについて


あの飛び出し絵本の作品、面白いですよね。山下さんにとって転機となった作品だったんですね。ああいう作品のアイディアは、どうやって生まれているんですか?


山下 日頃から気になっているものは色々あるんです。飛び出す絵本の構造って凄いな!とか、ハンガーを頭にはめたら勝手に頭が回転する現象!とか、ネットオークションにアップされている後ろ向きのぬいぐるみなどの写真とか、金庫が顔に見えた!とか。そういう「衝動」のストックみたいなのは常にあります。そこで、展示のお話をもらうと、場所の特性を見て、「衝動」リストからピックアップして作品にまでもっていく事が多いです。


作品のモチーフ選びに基準はあるんですか?


山下 本当にチープでしょうもない発見などがほとんどなのですが、自分自身しっかりと責任を持てる範囲って本当そのくらいなんです。

京都の大学院へ行ったのですが、なにかを言い切ったり、何かについて責任を持つ事の難しさを思い知りました。

少し話しが変わるかもしれませんが、物事を眺める時の自分が実感や責任を持てる視点の話になるように思います。またぶっ飛んでよくわからない話かもしれませんが、そのモチーフが「どれくらいキャッチか」で選びます。自分の中で、キャッチ度のバロメーターのようなものがあって、モチーフとして判断するときに、「これはキャッチ50くらいかな」とか「これは80くらいかな」みたいに、数値で見ているところがあります。そのとき、モチーフがもっている意味内容は全く無視しています。無視というか鑑賞者が無視できるような構造を作ってるように思います。

「そのバロメーターの基準を言えたりしやんの?」とよく訊かれますが、その場その場でバロメーターの基準自体が変化すると思います。なので一概にこうだとなかなか言いにくい。でもまあ何か鑑賞者にとって「効く作品が作りたい」って事が重要な事なのは確かです。

んー、でも言えるのかな?そこらへんの探求まだサボってます。


モチーフをキャッチー度で見ているっておもしろいですね。モチーフの意味内容を無視できる構造というのは、どういうことなのでしょうか?


山下 今回のOngoingの展示では、タイトルからも分かるとおり、大木裕之さんが僕の次の展覧会アーティストだという事をモチーフとしています。もし、モチーフの意味内容を作品に持ち込むのであれば、大木さんの作品世界にも目を向け始めるのかもしれません。でも、僕はそういうことしていません。繰り返しになりますが、大木裕之さんがモチーフではなく、大木裕之さんが僕の次の展覧会アーティストだという事がモチーフです。大木さんであって、それは全く大木さんではないんです。そうやって意味内容が生じないよう、そもそもモチーフ選択の時点で配慮しているんだと思います。


どうしてあえて意味が生じないようにしているのでしょうか?


山下 なんか実感を持ちにくいからです。その部分に全く関心が無いからこそ、獲得できる視点や方法の発見を期待しています。


―自分がきちんと実感できることしか作品に含めたくないんですね。


山下 大学院は名古屋を離れ、京都市立芸術大学の彫刻専攻に在籍していました。またまた繰り返しですが、そこで何かについて言い切ることの難しさを思い知ったんです。何かについて僕自身が、言い切ることが全く出来なかった。自分の根源的なものは何だろうと、今一度自分自身に問いかけた時、ものを作ることが好きだと思えました。いろいろある中で、やっぱりものを作ることが好き。そのことが自分の中で、最も確かなものだと思ったんです。だから僕は、ものが作るということを出発点として、どうにかそのことの言い訳を考えながら、作品制作を行っているのだと思います


 

(2013年5月15日〜5月21日/オンゴーイングにてインタビュー)


山下拓也Ongoing個展

「NEXT EXHIBITION / 大木裕之『うちんこ2』」

5月15日(水)〜26日(日)入場料400円(お茶付き)


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