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鷺山啓輔『穴とゆめ』 Pre-Ongoing School

「現代アートって、どういうイメージがありますか?」という問いかけから、鷺山さんのプレオンゴーイングスクール(3月31日)は始まりました。

 

「近年、全国的にアートイベントがとても増えましたが、現代アートへの理解が深まったかというと定かではありません。やっぱり『わからない』と感じる方も多いと思います。その『わからない』を埋めるのに言葉は有効だと思います。ただ、言葉ですべて説明できてしまうのであれば、作品は必要なくなってしまいます。言葉で説明しきれないところがあるから、作品で表現しているので、ぜひ皆さんが作品をご覧になって感じたことを大切にしながら聞いていただければと思います。

 

今日のスクールでは、『穴とゆめ』の映像の制作メモからお話しできればと思って、こんなの(写真参照)を持ってきました。これは、荒編集が終わった段階で、モチーフやコンセプトのアイディアを自分のなかに定着させるために、通勤途中の電車の中などでiPhoneにメモしたものです」

 

△「荒編集」が終わったあとのメモ

 

娘への思い、父として

いろいろなお話のなかから、特に印象的だったのは娘さんへの思いでした。

 

「もうすぐ1歳半になる娘がいるんですが、彼女が産まれてとても嬉しかったんです。実際に妻のお腹から出てきたのは1年半ほど前ですが、その10ヶ月前からすでに命が始まっていると想像するととても愛おしく感じていました。そういうこともあって、映像に出てくる洞窟は母親の胎内(体内)のようなイメージも含ませることができたら、と思って作りました。

 

ただ、親になってから『死』を強く意識するようにもなりました。

 

子供ができると学資保険というものに入ることを考えるので、その営業マンと話す機会が自然と多くなります。セールストークのなかで、『 鷺山さん、いま人生のなかで絶対死んではいけない瞬間です 』という言葉があったんですよ。営業文句だとわかっているのに、とてもドキッとさせられたんです。娘はまだ1才3ヶ月だし、妻は毎日家のことと育児を一生懸命やってくれている。ここで、万が一にでも僕が急に倒れたら家族はたちゆかなくなってしまう。『絶対死んではいけない』けど、これから先いつ何があるか分からないから保険に入っておきましょうっていう営業トークを反芻しているうちに、自分がいつか死ぬことを意識しながら『何をしてあげれば、将来、娘にとって幸せか』とか『父として何をしてあげられるか』とか、そういうことを考えるようになりました。

 

そして、父としての自分を考えたときに、自分の父親が自分にしてくれたことというのも思うようになったんですね。なので、今回の作品はその感謝の気持ちを表した賛歌のような、鎮魂歌/レクイエムのような意味合いもあります。あ、父は健在ですけどね。この辺が微妙に言葉で定義しづらいので、やはり言葉以外の表現が必要なんだなと思いますね(笑)」

 

 

 

映像のなかに大きな時間の流れを含ませる

また、娘さんが生きるこれからの未来について、心配もしていました。

 

「社会的なところを見ると、これからの未来が明るいとは思えません。自分たちが子供のときは学校で戦争体験をきく機会があったりしましたが、あと5〜10年もすれば実際に戦争を体験したご年配の方たちから話を聞くことも難しくなるでしょう。日本は、ほぼ戦争を経験していない世代だけになってしまいます。

 

そういうことに対する気持ちもあり、作品のなかに(親子三世代の時間だけではなく)もっと大きな時間の流れを含ませることはできないかと思い、この穴で撮影をしました。これは、千葉の南房総にある戦争遺産で地下壕として使われてた場所なんです。ここは、岩肌には海底の地層も見えるんです。地下壕というだけでは社会的な意味ばかりを強く帯びてしまうと思いましたが、もっと大きな自然の営みも感じられる面白い穴なんです」

 

そのほかにも、鷺山さんの映像には、人工的なものと自然の営みが交互に入り混じった風景や、パーソナルなものとユニバーサルなもの、過ぎ去った出来事とずっと変わらないもの、現実と幻想、死と希望などを象徴するイメージが連なっていきます。『穴とゆめ』というタイトルのように、ふたつのイメージがぶつかりながら不思議な化学反応を起こし、互いが互いを包みこめる無限の入れ子構造となってさまざまな要素が存在しているかのようでした。

 

 

 

―スクールを終えて―

鷺山さんは「穴」が好きな作家さんです。今回のスクールでも「入口と出口があって、あいだに暗い通路がある。とてもシンプルな構造なのに、そこから喚起させられるイメージのゆたかさに魅力を感じています」と話されていました。

今回の映像は、鷺山さんがその「穴」を駆使して、娘さんに「君が生きている世界はこんなところだよ」と教えてあげているような映像だと、わたしは個人的に感じました。たくさんの要素のなかから特にそう感じてしまったのは、わたし自身が出産を考える年齢だからでしょうか。人生の別のステージでこの作品を観たら、別の要素をキャッチするのかもしれません。たくさんのレイヤーがあって、いまの自分の状態を映し出す鏡のような作品は(ときに恐ろしいですが)出会えるととても幸せです。いつかまた「穴とゆめ」を観られますように。鷺山さん、スクールありがとうございました!

 

| プレオンゴーイングスクール | 17:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
伊佐治雄悟『イサジパターン3』Pre Ongoing School (出演:小沢裕子)

伊佐治雄悟個展『イサジパターン3』最終日、プレオンゴーイングスクールがございました。

 

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3月19日(日)17:00〜
Pre Ongoing School「SPEAKERS」
作家本人による展示作品の解説を含めてのレクチャー 
出演:小沢裕子
※本イベントは小沢裕子氏のみ在廊します。

作家本人は別の場所から、小沢裕子氏の声を通して作品解説を行います。

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通常、プレオンゴーイングスクールとは、展示作家本人が自分の作品について話すレクチャーイベントですが、今回はアーティストの小沢裕子さんをお迎えして特別な仕掛けのなかで作品解説を行ってもらいました。

 

イベント開始時間になると、伊佐治さんは姿を消し、作品の画像が映し出されたモニタ画面の前に小沢さんが座りました。よく見ると、小沢さんは青いイヤホンをつけています。

 

「それでは始めたいと思います。皆さん、お集りいただきありがとうございました」

 

小沢さんが話し始めました。青いイヤホンは電話に接続されており、伊佐治さんと繋がっているようです。

伊佐治さんが電話で話し、その言葉を小沢さんが自分の身体をとおして、お客さんに届けるというシステムです。会場のモニタ画面は、伊佐治さんの遠隔操作によって動かされています。

 

「今日は小沢裕子さんに来ていただいています。携帯のスピーカーはオンになっているので、質問などあれば少し大きめの声でお願いします」

 

本人に「小沢裕子さんに」と言わせる伊佐治さんと、少しも照れずに言ってのける小沢さん。おお。

 

まずは1階カフェで、展示の話から。

ホチキスやボトルの新作について、制作の方法などを丁寧に説明をしてくれました。音声があまりクリアじゃないようで、伊佐治さんと小沢さんに時差があるようでした。どきどき。このイベントどうなることやら!

 

そして全員で2階展示室へ。解説はさらに展示の仕方に移ります。

 

「以前は『ギャラリーで作品をいかにかっこよく見せるか』というインスタレーション的な意識で展示していたのですが、最近は考え方が変わってきました。作品が売れたりして、買ってくれたひとの家に行ったりすると、自分の作品がまったく意図していなかった形で設置されていることが何度かあったんです。それで僕は『作家が作品に対して責任をとりうる範囲』について諦めました。以前、一緒に展示した僕の尊敬する先生とも『たとえ道端にあったとしても作品として見えるようにしたい』と話したのですが、作品がどこに置かれていても成立するようにと考えるようになりました。

 

Ongoingはホワイトキューブではなく、梁がむき出しだったり階段があったりとノイズの多い環境です。そこで、今回は(インスタレーション的な)演出をせず背景を手つかずの残して見せようと思ったんです」

 

たしかにギャラリーや美術館で作品をみて「ほしい」と思っても次の瞬間には「でも自分の家でこんなにかっこよく飾れるだろうか」と不安になることが多々あります。Ongoingはもとの民家のディテールを利用した展示空間となっているので、ホワイトキューブよりも、生活を感じる場所と言えるでしょう。

 

このあたりの時間からパフォーマー小沢裕子の凄さがでてきます。1階カフェでの解説の時間が「(ラジオのように)チューニングしていた時間」とすれば、2階展示室での解説は「伊佐治さんとシンクロ度のかなり高い時間」でした。小沢さんは話しながらどんどん伊佐治さんになっていきました。露骨なモノマネをするわけではなく、ごく自然にジェスチャーが入ったり、言葉の間合いがどんどん伊佐治さんになっていきます。このとき、参加者から、伊佐治さんの答えにくそうな質問が出たのですが、小沢さんの身体をとおして伊佐治さんが少し困っているのを感じたほどでした。目の前では可憐な姿の小沢さんが通常の声で話しているのに、伊佐治さんの姿が重なって見えてゾクゾクしました。

 

 

最後にもう一度1階カフェに降りました。

このとき話していたのは、伊佐治さんと小沢さんが参加したマレーシアでのグループ展の話でした。伊佐治さんは、電話で小沢さんの出品作品について話し、小沢さんがそれを会場で話します。

 

伊佐治&小沢「小沢さんが展示していたのは、日本語がまったくわからない外国人に、ある日本語のテキストを書いてもらうという作品でした」

 

(お客さんからの質問)「そのテキストの内容はどんなものだったんですか?」

 

伊佐治&小沢「えっと、どんな内容でしたっけ。たしか・・・あとで小沢さんに聞いてみてください」

 

こんなやり取りがあってどきどきしました。小沢さん、自分の作品のことを質問されているのでもちろん答えられたはずなのに、そこはルール厳守で、自分の言葉を足さないなんて…。ムズムズしますね。他にも、伊佐治さんよりも小沢さんのほうが詳しい出来事について話す瞬間がたくさんありました。小沢さんもロボットではないので、たまに一瞬「あ、伊佐治さんそこはちがうな」という表情が出ますが、すぐに引っ込めます。言葉では忠実に伊佐治さんを再現をしていましたが、そういう瞬間に小沢さんの「我」のようなものが、ふわりと現われたり消えたりするのがとても面白かったです。

 

 

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↓ 小沢裕子に戻った、小沢さん。

 

↓ イベント終了後、会場に戻って皆さんとお話する伊佐治さん&小沢さん。

 

伊佐治さんの展示の話、とても面白かったです。

そして、伊佐治さんの声を伝える巫女のような小沢さん、気持ちわるくてとてもステキでした。

おふたりとも、面白いプレオンゴーイングスクールありがとうございました!

 

| プレオンゴーイングスクール | 19:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
吉田藍子 Pre-Ongoing School
吉田藍子『青いファンファンとその周辺』
2016.06.01 [水] - 2016.06.12 [日]

先日のプレオンゴーイングスクールにて、吉田藍子さん(以下リンリン)に展示についてお話を伺いました。



表現の核、まんなかのこと

「『展示タイトルのファンファンって何ですか』って平日スタッフの方に訊かれたんですが、正直なんでもないんです。語感は気になってたかな。ファンファンってパンダみたいだし、英語のfunにも聞こえるし、日本語の『不安』という言葉にも似ているし、わたしのあだ名のリンリンという響きにもつながる。でもだからと言って特に意味はないんです。そう答えたら、スタッフの方に『なんでもないものとその周辺ってことは、本当になんでもないんですね』と言われました。それを聞いてほんとにそうだなーって。きっとなんでもないんです」

リンリンは、以前から、自分の表現には核がないのではないかと感じていました。それについて思い悩んだ時期もありましたが、今ではそういう状態から無理に脱そうとせず、「いま核が見えないのであれば、その状態もアリだとしよう」と思うようになったそうです。

「まんなか(自分)は空っぽだっていう感覚がずっとあるんです。周辺のことがあるから形や思いがあるように見えるけど、その核となる部分は、かなりあやふやで心もとない感じがするというか。
たとえば、ヒトは気圧があるから形づくられている。まわりに気圧がないと形をとどめていられない。たとえば宇宙みたいに気圧がない場所に行ったら、外側と内側のバランスがくずれて、ヒトの体はバーンって破裂してなくなっちゃうわけじゃないですか。なんだか、そういうイメージがつねにあるんです」

そういったイメージのもとに、すぐにでも破れそうな薄い紙でつくった「頭」や、くしゃみをすれば簡単に吹き飛んでしまいそうな「埃」、気になるものをかけ合わせたリンリンの思考のコラージュのような作品が、ギャラリーには展示されていました。強いメッセージがあるというよりは、なにか強いものの傍では一気にかき消されてしまいそうな、か弱い、しかし確かにそこに在るものもの。大きな物語になりきらない、小さな物語の予感がちりばめられた空間でした。

 
 
 


展示の成り立ちと、リンリンの涙と、わたしの話

Ongoingで、リンリンの展示が行われるのは2回目です。前回は衣川明子さんとの2人展で6年前で、わたし(スタッフの弘川です)がOngoingに入って2年目の頃でした。トークゲストとして会田誠さんを呼んでガチガチに緊張していたリンリンと衣川さんを見て、こちらまで緊張たのをとてもよく覚えています。そして翌日はプレオンゴーイングスクールでしたが、お客さんがほとんど来ず、わたし1人で作品解説を聞きました。リンリンも衣川さんもあまり饒舌ではなかったので、こちらからいろいろ根ほり葉ほり質問をして、やっと言葉が出てきたのを拾い集めて記録しました。なんとなく「若手の作家さんって説明に慣れてないのかな」と思っていましたが、あとで小川さん(Ongoingディレクター)に「ゆきえちゃんにいろいろ聞いてもらえてよかったって、あの子たち喜んでたよ。聞かれて、話したことでいろいろ分かったって」と言われてとても嬉しかったのを今でもよく覚えています。

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実は、今回の展示のきっかけはとても例外的なものでした。いままでOngoingの展示は、ディレクターの小川さんから作家さんに声をかけて実現するのが常でした。作家さん側から「やらせてください」というリクエストで展示が生まれることはほとんどありませんでしたが、今回の「青いファンファンと〜」展はリンリンから「展示をやらせてください」というお願いしたそうです。そして、そのリクエストを受けた小川さんは、迷わずすぐにOKを出しました。リンリンのことは長年知っていて信頼していたし、普段グイグイ来そうもない彼女がめずらしくグイグイきたのを見て「これはおもしろいから、やらせてみよう」と思ったそうです。

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展示の最終日、わたしが「実は〜」と、この話をしたときにリンリンは泣きました。「そうなんですか。特例だったなんて知らなかったです」と言い、こらえていたものが突然あふれ出したかのように泣きました。うれしい涙なのか悲しい涙なのかわからず戸惑っていたら、リンリンが「ありがとうございます。なんかうれしくて」と言ったので、うれしい涙だということが分かりました。彼女が少し落ち着いた頃、こんな質問をしてみました。

私「リンリンの方から『展示をさせてください』とアプローチしたと聞いて、なにか心境の変化があったのかと思いました。なにか変化があったんですか?」

リンリン「そういうわけじゃないんです。ただ、こうやって作品について話したかったんだと思います」

私「普段はあまりアートについて話さないんですか?たとえば職場では?」

リンリン「職場はアート系ではないので、そういう話はしないですね」

私「そっかーそうなんですね。でも、お友達は美大出身だったり、アーティストだったりしますよね」

リンリン「うーん。アートの話はします。でも私自身あまり制作ができていないので、自分の作品がないと話していてもつまらないんです」

私「あーなんとなくわかる気がします。言葉ばかりが増えていってしまう感じでしょうか」

リンリン「そうなんです。実はいろいろ分からなくなっていたんです。本当に自分はやる気がるのかどうか。でも、実際に今回の展示のためにいろいろやってみて『やっぱり自分はこれをやりたいんだなぁ』とあらためて分かって・・・」

そう言いながら泣いて声が出なくなるリンリンと向かい合いながら、わたしも泣きそうになりました。いつもポーカーフェースのリンリンの涙。わたしは、作品解説でリンリンが言っていた「自分の表現には核がないのかもしれないと悩んでいた」という言葉がずっと気になっていました。「自分の表現の核がわからない」って実は作家さんが密かに抱えている(あるいは抱えたことのある)悩みで、それでやめる決心をする人、どうにかして続けようとする人、いろいろあるんじゃないかなぁと思いながら、リンリンが「なんかごめんなさい」と涙をぬぐうのを見ていました。

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一般的なアーティストのイメージとして「世の中に伝えたい強いメッセージがあってアートでそれを伝えてくれる人」というのがあると思います。(あ、ちがう?笑)わたしはOngoingのスタッフを始めて8年にもなるというのに、「アートとは」「アーティストとは」という問いに対してかっこいい返答をすることはできません。(トホホ)でも「悩みながらもとにかく表現せずにいられない人」を見ると、「ああ、この人は根っからのアーティストなんだなぁ」と思います。だから、というのも変ですが、泣きながら「やりたい」と言うリンリンを見て、アーティストとして生きようとする人の根っこの部分を見た気がしてなんだか感動したのでした。

展示のあと搬出が終わったころに、リンリンがメールをくれました。「昨日はありがとうございます。いきなり泣いちゃって驚かせてしまってすみませんでした。急に気持ちがもりあがって感動してしまいました。また、展示できるようにがんばるので、またお話きいてください」という内容でした。最後の部分が6年前に小川さんから伝え聞いた言葉と重なって、またうるっときました。「わたしは作家の話が聞きたくて、作家と距離が近いOngoingに居続けているんだなぁ」と、わたしまで自分がアートに関わる動機の根っこを久しぶりに掘り返してしまった気分です。

リンリン、プレオンゴーイングスクールありがとうございました。これからも楽しみにしてます!
| プレオンゴーイングスクール | 22:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
『現実にようこそ』 プレオンゴーイングスクール

多田佳那子/早川真奈『現実へようこそ』展にお越しくださった皆さま、ありがとうございました!
最終日(10/25)のプレオンゴーイングスクールでは、展示作家おふたりから作品についてのお話がきけました。

   

溢れ出てきてしまうものじゃないと作品にできない(多田さん)

「単にきれいだな、楽しかったなーと思うことがあっても、そういうのは作品にはできないんです。むしろ抑え込もうとしても自分の中から溢れ出してくるものじゃな いと、作品にはできません」という多田さん。そういった感情や出来事に対して、一度立ち止まってもっと掘り下げて考えてみるための会話以外の手段として、 絵画というメディアを使っているのだと話してくれました。
そういうふうに聞くと、へヴィーな作品に聞こえがちですが、ご本人は「軽さ」を大切にしているそうです。「自分の中から出てきたものだけど、まるで他人事 のような軽さをもっていたい。描く前にはいろいろ沢山考えますが、描いているときは何も考えないようにしています。カメラのフラッシュが光るように、その瞬間にあるものを捉えるような感じで描きたい」そのために、毎回、ある一定のプロセスで制作することを大切にしているのだと話してくれました。
11月から中国のレジデンスプログラムに参加する多田さん。これからの活躍が楽しみです!!

 

既存のシステムのうえに自分の手垢を(早川さん)

早川さんは、高校生のときから使っているというスケッチブックを見せてくれました。そこにはドローイング・・・ではなく、算数の授業のような図や数字が何 十ページにもわたって記されていました。四角いマス目のなかには丸い印。それらは、すべてチェスやオセロの対戦の駒の動きを表した図だそうで す。「とにかく数字とシステムが好きで、気になってるんです」という早川さんは 、そのシステムや駒の動きをどうにか作品にできないかと考えて、その ファーストステップとして制作したのが本展の映像作品『ボビー・フィッシャー 魂の60局』でした。チェスプレイヤー・フィッシャーの伝説の60局のなか からひとつ選び、対戦の変遷を立体的に捉えた映像作品となっています。説明なしでは、何が何だか分かりませんでしたが、あえて分かりやすくしなかったの は、「既存のシステムのうえに自分の要素とか手垢をつけて、新しいシステムをつくることに興味があります」という彼女の言葉と関係あるのかもしれません。
   
 

また、もうひとつの映像作品について。ビリビリにやぶいた婚姻届けと破局するカップルの映像と、きれいな婚姻届けとうまくいくカップルの映像が対になって いる作品です。これは、早川さんが最近きになっている姓名判断(画数などによって運勢や相性を調べるもの)のルールにのっとって制作された映像でした。ま ず、自分の名前の運勢を徹底的に調べ、そこから相性が最低の相手(平賀慎介)と最高の相手(安原彰典)の名前を割り出します。そして、それらの姓名相性判 断で、「●●年●月●日に○○が原因で災いが起きる」「良いことがある」などを予言し、それらをもとに映像作品が作られていました。いやはや、あっぱれ。 姓名判断も、早川さんにとってはチェスの対局と同じ。「数字とシステム」に関係があり、とても興味があるそうです。
彼女のスケッチブックは、数字や漢字であふれていて、アーティストというよりも何かの研究者みたいで面白かったです。これからのハヤカワニューシステム楽しみです。

 
 

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自由奔放にみえる若手作家2人による『現実にようこそ』展。「一定のプロセス」「システム」という言葉が2人の口から出てきたのが少し意外でしたが、ほん との自由や奔放さはある種の決まりのなかでパワーを発揮するものなのかもしれません。スクールにご参加くださった皆様、ありがとうございました!

現在開催中の『それは持っています、そして私のすべてだけですか?』展のプレオンゴーイングスクールは11月8日(日)15時〜です。ぜひぜひ遊びにいらしてください!!

■■■
11月8日(日)15:00〜
Pre Ongoing School(書きかけ短編集をプレゼント!)
作家本人による展示作品の解説を交えてのレクチャー。
お好きなケーキとお飲物がついてきます
料金:1500円 (ケーキとドリンク付き、先着30名様)

| プレオンゴーイングスクール | 21:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
齋藤雄介 Pre Ongoing School

こんにちわ!

現在展示中の
齋藤雄介 『Sculpture is ongoing』

展示も残すところ、明日までとなりました。
まだご覧でない皆さんは、ぜひお見逃しなく!
(ギャラリーは21時までの営業となっております。)




さて、本日の17時からは、Pre Ongoing School がありました。

「拝啓、吉川陽一郎先生。
大学を卒業し、かれこれ9年くらい経ちました。
僕の作品をまた講評していただけますでしょうか。」



齋藤さんの大学時代の恩師である吉川先生をお呼びし、
作品を9年ぶりに(?)講評してもらいました。



日常生活のなかでの出来事や景色、出会った人や友人など、自分を取り巻く環境や関係性を立体やインスタレーションとして制作してきた齋藤さん。

今回齋藤さんは、立体作品としての「揚げ物」をオープニングパーティーの来場者に食べてもらうという彼にとって初めてとなる公開制作を行いました。

自分の作品がその人の血となり、肉となり、体の一部となっていくことに作家である自分と、自分以外の誰かとの間に新たな関係性を見いだせるのではないか。
「食べる」という行為は極めて日常的なもの。
だからこそ、食べ物を立体作品として提示すること、またそれを食べてもらうことを実験的に作品として落とし込めようと思ったといいます。



講評の中では、
齋藤さんと、日常のなかの「思い入れのあるモノ・コト」との関係について。
(これは壁に格子状に掛けられた立体コラージュの作品にあらわれています。)
それがなぜ作品制作の原動となりうるのか。

「揚げ物」を立体としてオープニングで振る舞ったこと。
そしてそこで生まれる齋藤さんとお客さんとの関係性について。

オープニングに参加していないお客さんが、「痕跡」としての作品と
対峙するとき、作品はどう読み取られるのか。その可能性について。

など、
齋藤さんの制作の軸となっている部分から、具体的な展示方法の手法的なところまでなかなか深〜〜い内容のお話が展開していきました。
吉川さんだけでなく、お客さんからも鋭い質問が飛び交います。







二階での講評のあとは、一階でお茶とケーキを楽しみながらみなさんで談笑。
この後も、吉川さんの講師時代のお話や、アーティストとして食べていくこと、美術における世代間ギャップなど、いろいろとお話はつきません。

有意義なOngoing School になったと思います。
ご参加くださったみなさま、ありがとうございました!






 
| プレオンゴーイングスクール | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
原田賢幸『temper』Pre Ongoing School

原田賢幸『temper』では、なにやら理系の研究室のような機器がギャラリーに並んでいます。ん??脳波を計る機械に、感覚遮断のコミュニケーション?最終日のプレオンゴーイングスクールでは、原田さんがこういった機械をつくり作品にしようと思ったきっかけについて伺いました。

キャンセル

 

ぐるぐるうずまきの絵

7−8年前、原田さんはある高齢者施設でボランティアをしていたそうです。その施設というのは、重度の(発達)障害をもつ方たちが利用するところで、原田さんは定期的にお絵かきレクリエーションのファシリテーターとして通っていました。

利用者さんのかく絵を見守りはじめて1年ほど経った頃、かなりまとまった枚数の作品がたまったので、展覧会をひらくことにしました。絵は作者ごとにわけて展示をしていたのですが、いつも丸ばかりを描くAさん(仮名・50代)のセクションのところに、長い時間ずっと立っている80歳くらいの女性がいました。お話してみるとAさんのお母さんでした。その女性は絵をみながら「わたしはね、いまだにこの子が何を考えているのか分からないんですよ」と言いました。無数の丸の絵が並ぶ前で、途方に暮れているようにも諦めているようにも見えました。

これは、原田さんにとってとてもショッキングな体験でした。このお母さんは約50年間、自分の子供を理解できないと感じながら生き、そしておそらく(ご年齢を考えると)このまま人生を終えるのだろう。「あのとき、僕はまだ彼女にかける言葉をもっていなかったんですよね」と、原田さんは少し悲しそうでした。

 

 

感情と行動、コミュニケーション

「たしかに重度の障害をもっている方たちと、ふだん当たり前と思っている方法でコミュニケーションをとることはできないんです。でもだからと言って、彼らに意思や感情がないわけではないんですよね。

たとえばお絵かきの時間、利用者さんに『この色使ってみましょうか?』と声をかけて、目の前のパレットに色を出したりします。そういうとき、もしも嫌だったら見向きもせずに無視したりするし、もしもOKだったら黙ってその色に筆を伸ばしたりする。時間がかかったり、返事がなかったりするので、何を考えているのかはわかりにくいですが、確実に彼らのなかに『(この色を)使いたい/使いたくない・好き/嫌い』という意思や感情があって、それに基づいて行動をしているんですよね。コミュニケーションの取り方がちがうだけで、その奥にあるものは僕も利用者さんもそんなに変わらないのかもしれない。

あのとき、Aさんのお母さんが『自分の子供が何を考えているか分からない』と言ったのを聞いたときに、そういうことを言ってあげられたらよかったなぁと今は思うんです。でも、あのときはまだモヤモヤしてうまく言葉にできなかったし、やっぱり自分も言葉以外の有効なコミュニケーションが分からなかったんですよね。

それで僕は『感情と行動のシステム』に焦点をあてて、作品をつくってみようと思ったんです。たとえば言葉じゃなくて、脳に直接作用して意思疎通ができたら良いのではないかなど、どうにかして僕らが行う『普通の』やり方以外でのコミュニケーションの方法を編み出せないかと僕なりに考えて、こういった機械を作ったりしています」

 

 

本展『temper』では、感覚が遮断された状態での対話、言葉以外から引き出される感情の表現、脳に直接作用するための実験など、コミュニケーションにまつわるさまざまな試みが、原田さん自作の機器やアイディアドローイングとともに展示されていました。

ここから新しいコミュニケーションのかたちが生まれるかもしれない。

今後の原田さんも目が離せません。


あ、waiting roomもいかなきゃ。(3月8日まで)
http://www.waitingroom.jp/japanese/exhibitions/current.html

 

 

 

 

 

 

| プレオンゴーイングスクール | 21:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
村田峰紀『ネックライブ』 プレオンゴーイングスクール
箱の中から首から上だけを出して、1日7時間のパフォーマンスを毎日続けている村田さん。プレオンゴーイングスクールで(箱に入ったまま)お話を伺いました。



〖手も足も出ない状況で、首から上だけで表現をする〗

「2年前、オンゴーイングで『ダルマ』展をしたときよりも、世の中の情勢がさらに悪くなっているように感じます。えらい人が勝手に色々なことを決めてしまったり、表現が規制されたりして… きっと、今に戦争がはじまって赤紙が届いたりしてもおかしくない状況になるでしょう。
人々がどんなに声をあげても何も変わらない。僕たちや周りの人が言っていることは絶対に正しいはずなのに、声が届かない。このどんどんおかしくなっていく状況に対して、手も足も出ない感じがするんですよね。
それを直接、作品にしたかったわけじゃありませんが、自分が特別な人間ではなく何も出来ないと自覚したうえで、手も足も出せなくても首から上だけで表現をしようと考えたのが、この『ネックライブ』です」

ギャラリーには、村田さんが箱に入ってパフォーマンスを行う「ネックライブ」のほかに、眼、口、頭、唾など、すべて首から上をつかった映像作品およびドローイングも展示さ れています。「喋るのは苦手」という村田さんの、ノンバーバルな意思表示。シンプルながら、ひとつひとつ力強いメッセージを持っています。


〖箱をつきやぶる〗

今月17日(水)にスタートした本展ですが、村田さんは1日7時間箱の中でパフォーマンスを続けるうちに、当初のパフォーマンスコンセプト(手足が出ない箱の中で、首の上だけをつかってもがく)に、違和感をもつようになりました。

「首から上だけ出ている状態は、ヴィジュアルとしてインパクトはあると思います。でも、制限(箱)の中でただもがくのは、あまりにもイイコチャンなんじゃないかと感じるようになって、どうすればいいか、箱の内側にメモとかしながら考えてました。
それで、この制限(箱)をぶち壊すことこそが、もがくことなんじゃないかって結論に至ったんです。なので、展示がスタートしてから3日目くらいから、箱の中から外に向かって、ドローイングを書き続けています。そうすれば、いつか穴があいて突き破れるんじゃないかな、と。
でも、頭だけ出ている状態で手元が見えないので、ずっと描いているけどどこまで出来ているか分からないんですよね。頭の中のイメージだけで、なかなか思うようにいかないんです。
26日(金)の首くくり栲象さんのパフォーマンスのときなんて、イメージでは10個くらい大きな穴をあけたつもりでいたのに、実際は小さいのが1つちょこんとできただけでした。今日は最終日だし、最後までに突き破れたら…と思っています」

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手探りでもがきながら、状況の突破口を探す。村田さんが箱を突き破ることができたら、暗闇の先に光が見えるような気がして、祈るような気持ちで、箱の中に村田さんを残し、プレオンゴーイングスクールを終えました。

まだご覧になってない方は、ぜひお見逃しのないように。
20時からはクロージングパーティーもございますので、ぜひご参加ください♪

 
| プレオンゴーイングスクール | 18:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
鷺山啓輔『裸のブランコ』 pre-ongoing school
鷺山啓輔 『裸のブランコ』 

本日、いよいよ最終日となってしまいました。
未見の方は、ぜひ21時までにオンゴーイングに足をお運びくださいませ。
お待ちしております。



さて、本日15時からはプレオンゴーイングスクールがございました。
2Fで鷺山さんから作品についてお話をきいたあと、1Fカフェでケーキとお飲み物を召し上がっていただきながら、さらに色々なお話をきくことができました。

ロウソクをもって洞窟をつきすすんでいくうちに、誰かの記憶のなかに迷い込んで一緒に旅をするような鷺山さんの映像。8ミリカメラの質感や、登場する人々 の服装から、かなり昔に撮影された映像であることが分かります。過ぎ去った時間のなかで、幸せそうな顔で笑う人々をみていると、知らない人たちのはずなの に、何かを共有したことのある誰かのように見える不思議な映像でした。




「いつも作品をつくっていて、自分自身が楽しくて幸せなのは当たり前のことでしたが、だんだん、制作をとおして周りの人々のことも幸せにすることはできないかと考えるようになりました。
もちろん、単にハッピーな作品をつくりたいという意味ではありません。

今年、結婚3年目になりますが、ようやく妻がいる状態で制作をするということにも慣れてきて、そういった生活の幸福感を作品に素直に含めてもいいのかもしれないと思うようになりました。
今回は、全体をとおして、妻の実家からお借りした8ミリのホームビデオの映像をデジタル化して編集した映像を展示しています。
制作にあたっては、どの映像を使っていいかなどの承諾を得るために、妻のご家族と一緒に上映会をして相談を重ねましたし、妻からも沢山のアドバイスをもらいました。
制作の段階でこんなにも誰かに協力してもらったのは初めてで、貴重な体験となりました。まずは、親族の皆さんにとても喜んでいただけたので、本当によかったと思っています。

実際に展示に来てくださったお客さんたちは、まったく知らない誰かの記憶を目の当たりにすることになるわけですが、ゆらゆらと揺れるロウソクの光とともに、自分や自分の家族の記憶がよみがえっていく感じを楽しんでもらえたらいいなと思います。」 (鷺山さん)






 
| プレオンゴーイングスクール | 18:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
『君が望むなら』−長谷川維雄さんのはなし
2014.02.26 [水] - 2014.03.09 [日]
12:00-21:00 定休:月、火 入場料:¥400(セレクト・ティー付き)

先日行われたpre ongoing schoolで伺ったお話をもとに、現在展示中の長谷川維雄さんの作品のなかから、特に印象の強かった2作品についてご紹介いたします。

1『鼻炎ナショナリズム』

そろそろ、花粉がとんで鼻がぐずつきはじめる季節。毎年、花粉症に悩まされている方も多いのではないでしょうか。でも、日本の花粉症には、戦争と深い関係 があったことをご存じだったでしょうか。わたしはまったく知らなかったのですが、長谷川さんがプレオンゴーイングスクールで教えてくれました。

「映像作品『鼻炎ナショナリズム』は、日本の花粉症と戦争の大砲のイメージで作りました。
杉は、戦時中に高まった軍事需要にともなって大量伐採が行われました。そのため、あとで、人工的に杉が大量に植えられたんです。これが原因で、日本には花粉症の症状がひどい人が多いという話があります。
また、近年の大気汚染でPM2.5などの話題で、ナショナリズムが煽られている印象があります。へんな話ですが、鼻炎とナショナリズムが結びつくって、なんだか面白いと感じたんです。
花粉自体は悪質なものではないのに、それでこんなに苦しめられ、敵視している人たちがいるというのも、戦争のイメージにつながりました。」




2『日の丸パンチ』

アメリカのニュース情報誌「TIMES」2012年12月号に、どきっとするような見出しが出ました。”Japan Moves Right (日本が右傾化している)”表紙には、日の丸が中心から右へとずれているデザインの絵が採用されています。
("Japan Moves Right"で画像検索するとご覧になれます)
改憲や靖国参拝に賛成している自民党が、選挙で圧勝し、メディアが盛り上がっているようすを海外から見れば、たしかに、「右傾化」しているように見えたのかもしれません。

「TIMES誌の表紙の絵をみたときに、何とも言えない違和感がありました。たしかに、海外の人が選挙結果を見れば「右傾化」だと受け取られてしまうのかもしれません。けれど、日本に住む日本人の感覚とあまりにもずれている気がするのです。
僕のまわりが特別リベラルなのかもしれませんが、体感としては、原発廃止や平和憲法を守りたいという声が多かった。それにもかかわらず、選挙結果はああなってしまったことに拍子抜けしてしまっているのは、僕だけではないと思います。

『日の丸パンチ』は、なんとか日本で生きている自分たちのリアリティを表現できないかと考えてつくった作品で、今回の展示の僕にとってのメインとなっている作品でもあります。
この映像作品のなかで、日の丸は、両端から交互にパンチをくらい、右にも左にも傾きます。パンチをしている人の手は見えますが、顔までは見えず、どういう人物なのかわかりません。
匿名の誰かが、叩くことによって、日の丸をとおして、物事を自分の望む方向に動かそうとしているというイメージです。」

長谷川さんは、さらに、自己と他者の関係性についてふれながら、日本政治のリアリティについて話してくれました。

「エドワード・サイードの著書『オリエンタリズム』には、”他者の上に構築するイメージは、自己からはみださざるを得ない否定的なイメージのゴミ捨て場と して恣意的に構築される”というふうに書かれています。 つまり、他者は、自分がどういう人間なのかを認識するためのメタ的な鏡であり、自分を肯定するために相手を否定することがあるのです。
『日の丸パンチ』でも同じことが言えます。民間レベルのリアリティとして、ネトウヨ(ネット右翼)がいたり、極端に左の人もいたりします。彼らはお互い に、マイナスなイメージをもっていて、ネット上で論争を繰り広げたり、陰でお互いをけなしあったりします。相手を否定し、”自分はちがう”と思うことで、 それぞれ自我を構築しようとしているのです。」




preongoing school をおえて-----------------------------

なるほどー。たしかに、自分が感じている日本の空気に近い気がします。政治家も、ネトウヨたちも、みんなお互いを叩きあって、不毛なケンカを繰り返してい るように見えます。なんとなく感じていたことではあるけれど、あらためて映像として見ると、「いい加減やめなよー。日の丸こわれちゃうよ」と思っちゃいま す。滑稽でおもしろいなとも思うのですが、自分の住んでいる国のことなので、のほほんと構えているわけもいきません。
現状を打破するためには、まずは自分なりに噛み砕いて理解しようとしてみること。長谷川さんの作品には、そのヒントがたくさん散りばめられています。
展示は、本日21時まで。ぜひ多くの皆様にご覧いただきたいと思います。
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『君が望むなら』−多田佳那子さんのはなし
2014.02.26 [水] - 2014.03.09 [日]
12:00-21:00 定休:月、火 入場料:¥400(セレクト・ティー付き)

先日行われたpre ongoing schoolで伺ったお話をもとに、
現在展示中の多田佳那子さんの作品をたのしむための4つのキーワードをここでご紹介します。

1 切り抜きとモチーフ

「特定のものや写真を絵に描くと、それ自体に重要な意味があるみたいに見えそうで、嫌なんです。そうではなくて、わたしは、わたしが見ているもの全てを見せたい。だから、切り抜きを何枚も組み合わせて、絵を描いています。」

先日のプレオンゴーイングスクールで、モチーフ決めについて話してくれた多田さん。好きな写真集や雑誌の切り抜きをたくさん床に置き、いろいろな組み合わせを試して決定しているそうです。




2. アートと日常

多田さんの絵には、最後に上から描き足したような、かわいらしいモチーフがたくさん登場します。

「学校やアトリエで絵を描いて、帰ったあとはテレビや恋愛の話をする… 大学に入ってから、自分のアート活動と日常生活のあいだに距離があることに気が付 きました。わたしは、日常のなかにも、面白いことや疑問に思うことがたくさんある、それをどう作品に取り込みたいと考えたんです。」

そこで、多田さんは、日常のなかで目にする絵やイラストを絵に描きこむことにしました。

「電話中につい近くの紙に描いてしまう落書き、街で見かけるTシャツのイラストのような、日常生活にあるものを、あえて足していく。そうやって絵をこわしたほうが、到達点がおもしろくなる気がしています。」

 

3. キャラクター

一般的に、「鑑賞者の想像力によって、さまざまな解釈ができるから面白い」という旨の言葉はよく聞きますが、多田さんの意見は少しちがうようです。

「わたしの絵には、キティちゃんなどの誰でもよく知っているキャラクターが登場することがあります。キャラクターってすごく面白いと思うんですよね。キ ティなら、赤いリボンをつけたかわいらしい白い猫という姿を誰でも思い浮かべることができるし、そこに付随するイメージもかなり限定されます。つまり、 キャラクターは、人の想像力の範囲を瞬時に絞ることができるんです。わたしは、そこを利用して絵を描いてみたいと思ったんです。」




4. アジア

韓国留学をきっかけにアジア圏としての日本を意識するようになったという多田さん。それについて伺いました。

「去年、韓国に留学したんです。韓国人は、わたしたちにとって外国人であるにもかかわらず、外見はほとんど同じです。そのせいか、アジアにおける西洋の影 響がどのようなものかを考えるきっかけになりました。デニムかっこいい、ビヨンセかわいい・・・みたいな、流行面だけではなく、考え方の根本的な部分ま で、西洋から借りてきている。そして、それを面白がったり羨んだりしている。韓国でそんなことを感じながら、いつも頭に浮かんでいたのは日本のことでし た。」

現代において、アジアと西洋の文化は、入り交じっています。輸入・加工・輸出・逆輸入・再加工…を繰り返しながら、さまざまなものがミックスされてきました。多田さんの切り抜き1枚1枚の中でさえも、そういった沢山の要素があるのかもしれません。

「もしも、わたしが死んだあと、遠い未来にわたしの絵が誰かに見てもらえるのならば、感動するよりも、笑って欲しい。(絵に)きちんとださくなっていて欲 しいと思います。だから、普遍的に美しいとされそうなものだけではなく、いま自分が生きていて目に見えるものを全部描いてやりたい、多少強引でも。」

preongoing schoolを終えて- - - - - - - - - - - - - -

多田さんの言葉は強い。
とくに最後の「いま自分が生きていて目に見えるものを全部描いてやりたい、多少強引でも。」が強くて、とても印象的でした。

多田さんの作品、ぜひご覧になっていただきたいと思います。
展示は、本日3月9日21時まで。
トークイベント、パーティーもございますので、ぜひご参加ください。




 
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