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齋藤春佳『立ったまま眠る/泳ぎながら喋る』展覧会テキスト
【齋藤春佳による展覧会テキスト】
水平線を見ることができる時、水平線にさわることはできない。
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絵画にさわることはできない。
今、Ongoingの建物には、さわれる。
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一階に展示されている絵画のうちいくつかはOngoingの机や柱や壁をスクリーンに焼き付けたように描かれていて、それをそういう風に見るためには、絵画に対して完全な正面に立たなければならない。
見る人の体を絵画が規定する。
逆に、見る人がOngoingで2020年の3月4日から3月22日までその絵画の正面に立って見る瞬間にだけ、その絵画はそういう風に現れる。
見る人の体によって存在させしめられる絵画。
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壁を模したキャンバスに描かれた水面。
泳ぎながら喋ると、聞いている方は何を喋っているのか分からない。
そこに絵の具で描かれたそれぞれの線を、「〇〇さんだ」「この時のこれだ」「あそこにあるあれだ」と規定するのは見る人で、見る人がいない瞬間はそれらはただの断片的な線でしかない。見る人が眼球の中でその像を結ぶ瞬間のみ現れる。
Ongoingにお馴染みの人が「〇〇さんだ」と思う描写を見て、ただ「人だ」と思う人もいる。いつか何もかもを忘れた後、私がこの絵を見る時もそうかもしれない。描写によっては、人が描かれていることにも気づかないかもしれなくて、同じように同じ絵を見ることができる瞬間は誰にとっても、二度とない。
絵の具が人に見える時、
絵の具が花に見える時、
あなたが今ここに、絵画と平行に、床とは垂直に、立っているという現在性を絵画が顕示する。
絵画とあなたが顕示しあう。
開かれた本のページ。
開かれていない本のページ。
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立ったまま眠るのはOngoingオーナー小川さんの酔っ払った時の特技で、誰の声も届かないその人は空間に垂直に現れている。
重力が働いているこの世界で眠る時、人は横になるものだと思っていた。
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そもそも時間が経つということについて、物や人や地球に重力が働き続けている運動エネルギーの総体の仕組みが現れている様子を世界で便宜的に時間が経つと呼ぶことに決めているだけで、つまり、手に持った器の地面に落ちる運動自体が時間と呼んでいるものの正体であると私は考えている。枝が落ちるとか、花がたおれるとか、人が死ぬとか、眠るとか、ものが置いてあるとか、地球が自転するとか、そういうことは、時間が経つから起こっているのではなくて、その運動が起こっていることの現れを時間が経つと呼ぶ認識に当てはめているだけだと、本当に、詭弁じゃなくて、思う。だから、落下した花を花器に活け直すように別の地面をつくる(*1)だとか、2次元としてしか捉えられない山の稜線の山中の出来事を3次元に起こしながら聞いた話を語る映像が壁に投影されていて、そこにさらに鑑賞者が立っている4次元空間にもある物体の影を落とすことで、3次元と認識されている場所に対して2次元として落とされる影という現象が起こって、鑑賞者のいる空間を壁に映写された映像に対する余剰次元として存在させる瞬間を作る(*2)だとか、つまり空間を視覚情報として操作することで人が既に認知できることを超えた部分での認知の変化を起こすことになり、というのも視覚情報も光が反射して眼球に到達した際の電気信号であるわけだからそれがその個体が持つ運動速度に何も及ぼさないはずがない、そして、それが、時間がただ流れて死んだらおしまい、という仕組みを本当に変えることになるということを本気で信じていて、それに支えられて、今まで作品を制作してきた。
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けれど、制作していて気分が盛り上がってくると、なんか心臓がバクバクしてきて、それが無視できない。[ 荒川修作 死因 ]でググってしまう。重力の中で心臓がバクバクしているんだけど、その時私は空間の中で相変わらず垂直になっている。それは観測者から現象として観測可能な運動性で、その観測者自体も、どんな次元に立っている観測者からも観測しきれない運動性を体の中に保っていて、そこで私が観測するのは現れている部分のみ、水面に顔を出した時の言葉だけで、表面しか無い。
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でも、
でもじゃないんだけど
でも、立ったまま眠る人がいる。
その人はこの時空間の中で異質な存在として現れる。
小川さんは普段は頭脳明晰だけれど立って眠るくらい酔っ払っている時に会話すると、頭脳明晰明瞭快活な様子で話した楽しい話も真面目な話も全部忘れる。全部が過ぎて消える世界の中でそれでも残るものが記憶で、それがたよりだと思っていた私はその容赦ない忘却が最初恐怖だったけれど、最近は、記憶できることだけがこの会話している時間を支えるのではないのだという実感がわく。きっと今話している内容を明日は私だけが覚えているんだろうなと思いながら会話する時、それがいやだとかさみしいというわけでもなくて、うまく言えないけれど、話しかけて、応えがあって、その応答のある対話がこちら側だけに残っていく感じが、水平線から投げかけられる夕日を見る時の感じというか、この現れていること自体全てを、たとえその輪郭的内容を覚えているからと言って残すことはできないだろうと思う。
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水平線に刻一刻と夕日が沈むのを見ている時、「絵に描ける?」と聞かれて「絶対描けない」と即答えた。
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水平線は見つめ返さない。
もしくは見つめ返す。私の与り知らない形で。
それぞれの体に立つ地面があって、その時、
それぞれの体の正面に水平線がある。
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小川さんは酔って私へ話した内容を覚えていない。内容は覚えていて私に話したことを忘れている時もあって、もう一度同じ話をされる瞬間、自分が透明になるのを感じる。対面する相手の目の先、自分の背後に水平線が現れる。しらふの私が小川さんに頼まれた仕事をすっかり忘れている時もある。
Ongoingで 1人で食べた柑橘。 パンを捏ねた手。 私以外誰もいない時のOngoingの姿。人がごった返す10周年パーティの姿。
私が見たOngoingにも色々な姿があって、私がバイトを始めたのが4年前だということを抜きにしても私が見ていないOngoingの姿は私が見た姿よりも多くあって、ここにある絵にそのすべてはほとんど描かれていない。描かれてあることよりも描かれていないことの方が多い。
それでかろうじて描かれている食べたものも触れたものも話した人も今は目の前になくて、もう二度と会えない人すらいて、でもそれを思い出すことはできて、描かれていると見ることだけはできる。 見ることで結ぶ関係がある。
そもそもOngoingで人と話している時、さわろうと思えばさわれるけれど、そんなに人にさわらない。さわったとして、それが関係を結ぶことになるわけでもない。まつげが指で押しのけられる形が見たくてまぶたを触っても(*3)、眼球にさわれないし、眼球をさわりたいんじゃないんだけど、そんな時その人は私のことが見えていない。それを見ること以外で結ぶ関係ということもできるかもしれないけれど、その時触った私はそれの様子が見たいだけだった。こちらから投げかける目。水平線としての他者。それぞれの持つ水平線。
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過去から今が見えなくても今から過去が見える(見えないけど思い出す形で頭に浮かぶ)ように未来から今は見えているだろう。でもどんな光も目に届いて認識して見えるということが起こった時にはもう過去の光で、水平線として見える光は距離のある分過去の光で、だから、お互いの水平線が重なる時もひょっとしたらあるかもしれないけれど、それが判明する瞬間を持ち寄って同時だと証明するには、私のようにあなたは見ないし、あなたのように私は見ることができなくて、それでいて自分の水平線にさわることができる人はこの地面の上では、いない、ということを持ち寄らなくてはならない。私にとって線にしか見えない地平線はそこにいる誰かにとっては地面で、その時私の今立つ地面はその誰かにとって線にしか見えない、地平線である。

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でも、水平線が見える時、波打ち際で水をさわって、ここにある水と同じ水がずっと向こうまであるんだな、と思った。
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*1「たおれた花器の水面下ではもう一度同じ花が水を吸い上げている」2013 /実家JIKKA/同名展覧会にて発表
*2「影の形が山」2017 /埼玉県立近代美術館/"飲めないジュースが現実ではないのだとしたら、私たちはこの形でこの世界にいないだろう"にて発表
*3 小川さんのまぶたじゃありません
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齋藤春佳『立ったまま眠る/泳ぎながら喋る』
2020.03.04 (水)- 2020.03.22(日)
12:00-21:00 定休:月、火 
入場料:¥400(セレクト・ティー付き)
Haruka Saito "Sleeping While Standing/ Speaking While Swimming"
2020.03.04 (wed) - 2020.03.22 (sun)
12:00-21:00 Closed on Mondays and Tuesdays 
Admisson: 400yen (with tea)
「立ったまま眠る」(2020)部分
「立ったまま眠る」(2020)Ongoing Cafe 1階 展示風景
| 展覧会 | 21:52 | comments(0) | - |
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